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第175話 真夜中のカーニバル2-20

「うにゃ?」


「くっ……う……うぬっ……」


 って、言えるかああああああ!


「どうしたんだにゃ? 息が荒いし、目が血走っているんだにゃ」


「ご、ごめん……。ちょっと興奮物質が」


「興奮物質?」


「じゃなくてドーパミンが」


 あ、これは同じか。


 落ち着けー落ち着けー。

 鎮まれ俺のライフストリーム。


「なんだか京矢、様子が変だにゃ。そうだ――」


 中腰になり、紅茶の入ったポットへと手を伸ばす。


「紅茶を飲んで、少し落ち着くのがいいにゃ」


「日和」


 先ほどから黙り込んでいた一華が、そんな識さんの手を引っ込めさせる。


「罰ゲームだから、日和は京矢と手が離せない。私が淹れる。あぶないから」


「でも、私はメイドだから、こういった作業は」


「座ってて。これは命令」


「お嬢様……」


 なぜか頬を染めてソファに戻ると、識さんは先ほどよりも強く手を握って、俺の肩に首を預ける。もちろん感情やら光やらを完全に失った、レイプ目で。


 あれ?

 肩に首を預けるなんて罰ゲームにありましたっけ?

 あとからオプション料金とか取られたりしないっすよね?


 まあいっか。

 今が気持ちいいからいっか。

 まあいっか。

 ははは。


 ポットに湯を注いだ一華が、キッチンから戻ってくる。

 一華はソファには座らずに、俺たちの向かい側に直接床に腰を下ろすと、手に持ったポットを何度か軽く揺すってから、ゆっくりと慎重に、カップへと紅茶を注ぐ。


 随分と湯の温度が高いのだろう。

 クーラーが効いているとはいえそこそこ室温が高いこのリビングにもかかわらず、ティーカップからは白い湯気が上がっている。


「京矢。できた。飲んで」


「ああ。ありがとう。これでいくらか落ち着くと思う」


 興奮が。


 一口含み、鼻から息を抜くと、ただそれだけで、気持ちが和らぐのを感じる。


 賢者タイムとまではいかないが、たったこれだけのことで冷静さを取り戻すことができるのなら、普段から水筒に入れて持ち歩いても、全然見返りがあるな。

 だってエロいことを考える時間とか超無駄だし、さらに言えばアレとかアレとかなんか、一生の時間を計算したら、後悔じゃ済まされないほどに大いなる時間の浪費だし。


 とか、実に下らないことを考えているうちにも、一華はもう一杯紅茶を注ぎ、識さんへと差し出す。


「はい。日和も」


「お嬢様。ありがとうだにゃ」


「――あっ」


「にゃにゃっ!?」


 手を滑らせる一華。


 回転しながら宙を飛び、その熱い紅茶を撒き散らすティーカップ。


 当然のことながら紅茶は、ティーカップの進行方向にいた識さんに、余すことなく全部、降りかかる。


「うにゃああああああ!」


「ご、ごめん!」


「うにゃあああ! 熱いにゃ! 熱いにゃ! 目があああ! 目があああ!」


 いや、顔にはかかっていないでしょ。


 というかそんなことより――


「一華! なにか拭くもの! 拭くもの!」


「う、うん!」


 一華はローテーブルの上に置かれていたタオルを取ると、識さんに駆け寄り、慌てた様子で顔に押し当てる。


「くっさ!」


 顔をしかめた識さんが、タオルから逃げるように、俺に体を寄せる。


 当たってる当たってる! 当たってるよ! 超当たってる!


「このタオル、くっさいにゃ!」


 しかし一華は識さんの顔にタオルを押し当てるのをやめない。

「動かないで! しっかり拭かなきゃ」なんて、善意を押し付けている始末だ。


「なんか白いどろどろしたのか顔についたにゃ! にゃにゃ!? これはさっき京矢が上田さんに出した、白いヨーグルトみたいな液だにゃ!」


 日本語おかしいから!

 日本語おかしくて、違う意味みたいになっちゃっているから!


 はい! 校正しまーす。



 京矢が上田さんに出した → 京矢が上田さんに噴き出した

 白いヨーグルト(みたいな液) → ()内トル。



「ま、まったく……。お嬢様は、とんだドジっ子だにゃ」


「ご、ごめん」


 一華はしゅんとすると、俺の隣に座り、手を取る。


 ん?

 一華がドジっ子?


 俺は握られた手へと顔を落としてから、そっと、一華の目を見る。


 黒くてはっきりとした、きらりと光を反射する、純粋そうな目が俺を見つめている。


 確かに一華は、たどたどしいところはあるけれど、ドジっ子ではなかったような……。


「ではそろそろ、映画を再開するぞ。いよいよクライマックスだ」


 上田さんが再生ボタンに手をやったので、俺の思考は途中で中断されてしまう。


 まあ……いいか。


 それよりも今は、思った以上に厳しいこの状況を、どうやって乗り切るかだ。


***


 場面が変わる。

 まるで抜け殻のようになった男が、当てもなく屋敷内を歩き回っている。

 時に泣き、時に叫び、時にぶつぶつ独り言を漏らしながらも。


 エントランスにやってきて、両膝を床について崩れ落ちると、男は天窓から注ぐ陽光に導かれるようにして、前方斜め上を仰ぐ。

 そこには髭面に白衣をまとった、この屋敷の所有者であり、また脳神経系の博士でもある、郁田源次郎の肖像画が飾ってある。


『……郁田源次郎』。男は呟き、目を見張る。


『彼がやろうとしていたのは、脳を他の体に移植する実験……』


 そして思い至る。

 ハルの胴体はこの世から永遠に失われてしまったが、頭部――ようは脳は、まだどこかに残されているのではないかと。


 ――食堂だ!

 最後にハルの顔を見たのは、俺が気を失う前、食堂だったはずだ!


 思い至った男は、先ほどまでの弱々しい動きがまるで嘘であったかのように、勢いよく駆け出す。


 食堂には、食べ残しの料理がそのままにされていた。

 もちろん時間が経過してしまっているので、どの料理も冷めて、固くなってしまっている。

 ハエとかそういった害虫がたかっているとかではないが、どこか埃っぽい感じが、雰囲気として、滲み出ている。


 ハルの頭部は、すぐに見つかった。

 まるで見せつけるように、テーブルの上座に置かれていたから。


『ハル!』。叫ぶと男は、ハルの頭部に駆け寄る。

 そして躊躇することなくハルの頭部を両手で持ち上げると、愛おしそうに抱く。


『ハル! ハルハルハル! 待ってろ! 待ってろよ! 今……』


 にちゃーっと、男は歪んだ、悪魔のような笑みを浮かべる。


『代わりの体を見つけてやるからな』


***


「いやあああ!」


 一華が叫んだ。

 今までで一番小さな叫びだったが、確かに叫んだ。

畳スリッパキモチェ~!

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