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第174話 真夜中のカーニバル2-19

***


 男は立ち上がると、自分の手を見てから、足元に横たわる、まだ温かい白人メイドの遺体へと視線を送る。


 殺してしまったんだ殺してしまったんだ。

 俺は人を……殺してしまったんだ。


 心の声が音声として表現される。


 しかし迷ってはいられない。

 もう一人、ハルを殺して、男の命を狙う、狂気の女が、すぐそばにいるのだから。


 男は、まるで決意するように、同時に自分自身への洗脳が完了したように、かっと目を見開くと、壁にかけられていた大きな鉈を手に取り、メイドへと一歩、また一歩と、歩を進める。


『ちょ……ちょっと落ち着くし』。怖さを紛らわす、現実逃避からくるくだらない笑みを浮かべながらも、メイドが言う。


『あ、あの夜、覚えてる? 超気持ちよかったっしょ? もう一回ヤる? あんたなら、私全然いいし』


 男の頭の中に、ハルとの思い出の日々が流れる。


『私を殺したらもうできないよ。それでいいん?』


 男は、目を細める。

 そして鉈を振り上げると、怯えるメイドへと、大きな声で言う。


『うっせぇわ!』


 振り下ろされる鉈。

 宙に美しい弧を描く、まるで作り物のような生首。

 残された、そんなに出ねえだろと思うほどに血を噴出する、首のない胴体。


 メイドの血に、真っ赤に染まった男は、床に両膝をつくと、雄叫びにも似た叫び声を上げる。


***


「にゃああああああああああああああ!!」


 驚いて顔を向けると、そこには識さんの姿がある。もちろんメイド姿の。


 識さんはレイプ目で手を胸の辺りに当てており、はあはあと息を切らしている。


 ああ、これマジだわ。

 多分、感情移入しちゃったんだろうな。

 というか俺も、一瞬スクリーンの中で、識さんが死んだかと思っちゃったし。


「ふむ。叫んだのう」


 微笑を浮かべながらも、上田さんがくじの入った袋を差し出す。


「では、くじを引いてもらおうか」


「わ、分かったにゃ。仕方ないにゃ」


 識さんは袋を受け取ると、中に割り箸を突っ込み、ぐるぐるとかき回す。

 そして一つ、くじを箸の先でつまむと、落とさないようにゆっくりと、袋から取り出す。


「これにするにゃ」


「して、内容は?」


「ちょっと待つにゃー。ええと…………」



 ――手をつなぐ(一時間)



「手をつなぐ、というのが出たにゃ」


「あ、それ、俺が書いたやつだ」


 さすがは俺。今までのに比べたら、難易度は超低い。

 まあ、一華が引いたらって、そう思いながら書いたってのもあるけれど。


「うむ。して、これは一体誰と手をつなぐのだ」


 上田さんが命令文に目を落としながらも聞く。


「ええと、まあ、くじが引いた人が選べばいいのかなと」


「なるほど。そんな感じであるか」


 自然と俺たちは、くじを引いた本人である、識さんへと顔を向ける。


 識さんはきょとんとした様子で俺たちを見返すと、気づいたように前で手をふりふりして、焦った口調で言う。


「わ、私!? む、無理だにゃ! 私みたいなしがないメイドは、命令されるのが本分であり、ましてやご主人さまの中から選ぶだなんて……考えられないにゃ!」


「では選ぶという行為そのものを命令にしようぞ」


「にゃ?」


「識日和メイドよ。我々の中から一人、手をつなぐ者を選べ。これは命令だ」


「うにゅにゅ……」


 顔を落とすと識さんは、指と指をつんつんしながらも、不安そうに上田さんを見る。


「分かったにゃ。じゃあ……僭越ながら、選ぶにゃ」


 さて……一体誰を選ぶのか……。


 息を呑んで、俺は識さんの答えを待つ。


「決めたにゃ。京矢にするにゃ」


「え? 俺? なんで?」


「なんでって……」


 識さんは、もじもじとした、識さんらしからぬ雰囲気を漂わせながらも、上目遣いで答える。


「つ、尽くしたいからにゃ。それだけの理由じゃ……だめかにゃ?」


「だめじゃないけれど……」


 ちょっと待てよ。

 識さんは誰もが認める超絶美少女だ。

 そんでもっておっぱいが大きくて、なんかエロい感じで、あとエロい。

 そんなエロかわいい美少女が、あろうことか猫耳メイド姿で、俺に尽くしたいと言ってくれている。

 一時間、手をつないでもいいと言ってくれている。

 これを逃したら、もう二度と、こんなエロかわいい女の子と、手をつなぐチャンスはやってこないんじゃあないか?


 だったら――やるしかないっしょ!

 いやむしろ土下座を越えた土下寝でお願いっしょ!


 俄然手をつなぎたくなった俺は、なんとか鼻息を抑えながらも、そこはかとない言い方で、答える。


「う、うん。いいよ? まあ、あれだよね。あれ。罰ゲームだし、仕方ないっていうか?」


「どうした急にたじたじになって」


 鼻から息を抜いた上田さんが、俺へと半眼にした目を向ける。


「なにか心変わりでもあったのか?」


「ううん。全然。普通だよ? いつも通りだよ? ただ、罰ゲームだし、しょうがないかなーって」


「ふうん」


 納得したのか納得していないのか、なおも上田さんは、俺に対する胡乱な眼差しをやめない。


「いやね、だからね……」


 おっと危ない!

 これ以上べらべらと言いわけを並べ立てては、嘘を嘘で塗り固めていると自分で言っているようなものではないか。

 危うく上田さんの策にハマるところだった。


 そう、今この時、俺がするべきは、沈黙すること。

 無闇矢鱈に口を開かないこと。

 沈黙は、時に状況を穏便に進めるための、強力な潤滑油になるのだ。……知らんけど。


「そろそろ、手をつないでもいいかにゃ」


 俺へと歩み寄った識さんが、髪や服を整えながらも言う。


「あ、うん。よろしく」


「じゃあ隣、失礼して……」


 識さんは手でスカートを押さえながらも俺の隣に腰を下ろすと、脚と脚が密着するほどににじり寄ってから、そっと俺の手を取る。

 そして「えへ……」と、どこか気恥ずかしそうな声を出してから、指と指を絡める、通称『恋人つなぎ』につなぎ直す。


「それじゃあ一時間、ふつつか者ではありますが、どうぞよろしくだにゃー」


「お、おう。こちらこそ」


 今の挨拶、なんか新婚夫婦みたいでいいっすね。


「力かげんは、これぐらいでいいかにゃ?」


「力かげん?」


「だから……締めつけの」


 締めつけ?


「どこの?」


「どこのって……」


 レイプ目をきょろきょろさせてから、小さく肩をすくめる。


 感情のないレイプ目をしているにもかかわらず、頬を朱色に染めているのが、なんだか恥じらいの究極系みたいで、ぞくぞくするほどにかわいらしい。


「そんな聞き方……しないでほしいにゃ」


「あっ、ごめん。そういう意味じゃなくって……」


『締めつけ』と『どこの?』の二つの言葉が並んだなら、まあアソコを想像しちゃいますよね。健全な高校生なら。


 ……いや、しないか? どうなんだ?


 うわっ……俺と識さん、変態すぎ……?


「他に、なにかしてほしいことはないかにゃ?」


 かがんで、斜め下から俺を見上げると、識さんは微笑を浮かべつつも聞く。


「してほしいことって……」


「なんでも言ってほしいにゃ」


 ――ん?


「今なら、なんでもご奉仕するにゃ」


 ――ん?


「じゃ……じゃあ…………」


 言うんだ!

 言うんだ俺!


 全野郎を代表して、今ここで叫ぶんだ!


 アレを! アレを!


「っ――」

ソシャゲはアイテムがちょい足りないぐらいがちょうどいい派。

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