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第169話 真夜中のカーニバル2-14

 ブラッシングをしやすいように、一華を椅子に座らせると、俺は背後に回り、まずは髪の状態を確かめるべく、手で持ち上げたりして触ってみる。


 ……一華の髪って、思った以上に細いな。

 ボサボサに見えるのは単に長くて、定期的に美容院にいかないからというだけであって、人並みに手入れをすれば、さらっさらの黒髪ロングになるんじゃあないか?

 あと、所々癖っ毛になったり、アホ毛みたいに跳ねたりしているのは、多分これ環境のせいだな。

 例えば俺も雨の日とかだと髪がくるんってなったりするけれど、一華は晴れの日であっても、かすかな湿度、気温の変化だけで、髪に影響が出てしまうんだ。

 触れば分かる。

 だって一華の髪、すごく軽くて、すごく柔らかいから。


「い、いつまで、触ってるの?」


 顔を横に向けて、肩越しに俺を見る。


「も、もしかして……なにかついてる?」


「いや。なにも。きれいな髪だなあって思って」


「きれい? ――お、お世辞言わないでっ」


「いや、本当だから。持って帰りたいぐらいに」


「きょ、京矢の……いじわる……」


 頬を染めて、一華がその華奢な肩をすくめたところで、さっそく俺はブラッシングを始める――が、よくよく考えてみればやり方が分からない。


 というかブラッシングってどうやってやるんだ?

 櫛を通すみたいに適当にさっさっさってやればいいのか?

 そんな単純なものなのか?


「……ええと、一華」


「へ? う、うん。なに?」


「ブラッシングってどうやってやるんだ?」


「ど、どうやってって……普通に、上から下に?」


「それでいいのか?」


「た……多分」


 多分ってなんだよ。

 いつもどうやってやっているのかを教えてくれればいいんだけれど。


 俺の気持ちを察したのか、一華がおずおずとした口調で言う。


「わ、私も分かんない。だってだって……普段ブラッシングなんてしないし……したこと、ないし」


「お、おう」


 ……そうだよな。

 鏡さえ見られない女の子が、ブラッシングなんかしないよな。


 というかそんなの聞く前に気づけよ俺!


 彼氏として……マジで失格だな。


 俺は助けを求めるべく、こういうことに超詳しそうな識さんへと顔を向ける。


「ごめん。識さん。ちょっと教えてもらってもいい?」


「まったくしょうがないなー。ていうか一華も一華。あんたも女の子なんだし、ブラッシングの基礎ぐらい覚えときなさいよね」


 歩み寄った識さんが、俺からヘアブラシを受け取ろうとする。

 するとなにを思ったのか、上田さんが間に入り、ばしっと識さんの手を叩く。


「――ちょっ、なにするし!?」


「これは夏木京矢の罰ゲームだ。貴様が手を出すことは許さん」


「で、でも、しょーがなくない!? 二人共やり方分かんないって言うんだし」


「それも含めて罰ゲームだ」


「はあ?」


「分からなかったら、お互い話し合って、手探りで見つけてゆけばいい。違うか?」


「な、なにその……」うらやましい……。


 最後の部分聞こえないように小声で言ったっぽいけれど、ダダ漏れですよ識日和さん。


「というか識日和は現在猫耳メイドの罰ゲーム中であろう。なんだその態度は? なんだその口のきき方は!?」


「うっ……」


「それともなにか? 貴様はこんなしがない戯れの罰ゲームすら、満足にこなせぬというのか?」


「ううう……」


「そんなのでこの先どうする? 大学に進学して成人を迎えれば、より個人の選択と行動に重きが置かれるようになるし、就職して社会人ともなれば、一つひとつの行動全てに、責任がつきまとうことになるのだぞ。――そう、自助だ。日本は世界でも類を見ないほどの、大自助帝国なのだ! 誰も助けてはくれぬ。故に、今この時からでも、できることは余すことなく、『やり切る』という癖をつけておくべきなのだ」


 ――はっと、識さんが声を上げて息を吸う。


「して、識日和、貴様はどうだ?」


「あ……あ……あ……」


「……いや、どうする?」


「あ……ああ……あ……あ…………」


 目を充血させた識さんが、ぷるぷると肩を震わせる。

 それからがくっと、まるで糸が切れた操り人形のように顔を落とすと、もう一度上げて、招き猫みたいに手をくりっと挙げる。


「分かりましたにゃー。ご主人さまの仰せのままだにゃー」


 開かれたアヒル口に、白い八重歯。

 顔には満面の笑みが浮かんでおり、その声は今までにないほどに甲高くて、愛嬌に満ち満ちている。

 ただし、目だけは違った。

 識さんの目からは完全に光が消えており、否応なく感情が現れるだろう瞳孔は、今や完全に静止して、冷たくて硬い無機物のようになってしまっている。

 よしんば某メンタリストさんも、今の識さんには、トランプのゲームで勝てないのではないかと思わされるぐらいに……。


 大丈夫かなー。

 PTSDとか発症したりしないよなー。

 次会った時に、精神病になっちゃいましたーとか、マジでやめてよ。


「うむ。よろしい。して、小笠原一華と夏木京矢よ」


 ぽんと肩に手を置いて、識さんを示しつつも、俺と一華を交互に見る。


「え? 俺? なに?」


「もはや大丈夫とは思うが、例えば今後、識日和メイドが、我のいないところで、素を見せることがあれば、隠蔽することなく、我に報告するのだぞ」


「え? どうして……」


「その時は罰ゲームをやぶった罪として、ペナルティを科す」


 ペナルティ? どうしてそこまで……。


 一体上田さんは、なにがしたいっていうんだ?


「わ、わわわ……分かった」


 一華が恐る恐るといったていで応える。


 まるで恐怖政治だ。

 釘を刺されたと言ってもいい。

 だってそうだろう。今話しているのは識さんについてだが、今後、とてもひどい、目を覆いたくなるような罰ゲームが俺と一華に降りかかった場合、現在の識さんよろしく、絶対にこなさなければならないということになるのだから。


「よろしい。ではブラッシングを続けたまえ」


「お、おう。そうだな」


 とはいえ今の俺の罰ゲームは、俺の彼女、一華の髪をブラッシングしてあげるというものだ。

 なんてことはない。どこまでもシンプルだし、どこまでもイージー。

 というか俺自身がしてあげたいと思うのだから、むしろご褒美といっても過言ではないはずだ。


 ついている。

 俺はついている。


 今はこの、合法的に大好きな人の髪に触れられる状況に、感謝だ。


「ええと……どうしよう。まずはとにかく、手ぐしでもした方がいいのか?」


「う、うん……多分。からまってると……思うから」


「じゃあ……いくぞ」


「お、お願い」


 俺は一華の髪を下から持ち上げるようにして持つと、全ての指を猫の手のように鉤型にして、斜め下へとゆっくりと引く。


「ど、どうだ?」


「う、うん。……気持ちいい」


「気持ちいい?」


 刹那、一華の耳が真っ赤に染まる。


「――ちっ、ちがっ……うう」


「まあ、次は横髪いくぞ」


 俺は一華の頭の左右に両手を回して、先ほどと同様に髪を持つ。

 そしてゆっくりと優しく、一華の背中へと向かって腕を下ろす。


「ひゃっ!」


「な、なんだよ変な声出して」


「だ、だってだって……今京矢、首触った」


「ちょっと当たっただけだろ?」


「く、くすぐったかった」


「しょうがないだろ。我慢しろ。じゃあもう一回だ」


「ひゃん!」


 やっぱり触れてしまう。

 こう手が首筋を通過する時に、さらさらと。


「ううう……京矢、わざとやってる?」


「やってねーよ。じゃあもう一回だ」


「ひゃうううっ! …く、くすぐったい」


「ごめん。今のはわざとだ」


「もうっ! きょ、京矢の……いじわる」


「はははは」


 くっくっくと小さく笑いつつも、そんな俺たちを上田さんが見ている。


 背筋を伸ばして立ち、前で手を合わせた識さんが、瞬きも光もない目で、そんな俺たちを静観している。


「じゃあそろそろブラシを使うぞ」


「う、うん。は……初めてだから、優しくしてね」


「初めてなのか?」


「う、うん。人にしてもらうの……は、初めて」


「そういうことね」


 頷くと、俺は一華の両肩に手をのせて、そっと耳打ちをする。


「では不肖夏木京矢が、一華から初めてを奪わせていただきます」


「ふえっ!」


 うるうるした目で肩越しに俺を見ると、一華はさっと顔を戻して、絞り出すような弱々しい声音で、応える。


「い、いい。……京矢なら……いい。も、もらって……」


「では失礼して……」

今回のラブライブ個人的にはかなり(・∀・)イイ!!

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