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第167話 真夜中のカーニバル2-12

***


 気を失っていたのだろう。

 目を覚ますと男は、手術台の上に寝かされていた。


 周囲へと視線を巡らせる男。

 そんな男の視界を表すように、ホルマリン漬けにされたなんらかの臓器、医療器具、血だらけになった手術衣が、ワンカットワンカット映し出される。


 はあはあと、徐々に息が上がり始める。

 焦りが体中に渦巻いているのか、額には玉のような汗が浮かび始める。


 とにかく逃げなくては。男はそう思い立ち上がろうと上体を起こそうとするが――ジャラリ。

 硬い、金属音と共に、それ以上の行動を抑制されてしまう。


 男は、無骨な鉄の鎖により、完全に拘束されていた。


『なんだ、もう目覚めたのか』。ドアの向こうから現れた白人メイドが言う。


『どうする? 麻酔、もうないんだけど』。同じく現れたやんちゃなメイドが、気だるそうに首をこきこきする。


 男が声を荒らげるが、どうしようもない。

 むしろ絶対的優位にいる者に対して声を荒らげるなど、愚の骨頂のようにも思える。


『ええと、なんだっけ? あんたの恋人。ハナだっけ?』


 メイドの言葉に、男は一瞬息が止まる。


『会いたい? 会いたいよね? 会わせてあげよっか?』


 メイドは部屋を隔てるビニールのカーテンへと近づく。


『はい! どうぞ』


 カーテンを開けると、そこには同じく手術台の上に寝かされた、ハナの姿があった。


 首から上のない、ハナの姿が。


***


「があああああああああ! もうやめてくれえええええええ!!」


 頭をかきむしると、俺は一華の腰の部分に抱きつき、顔を埋めてぼろぼろと涙を流す。


 一華はそんな俺を抱きしめると、まるで女神のように、優しく背中をさする。


 ――無理だ!

 怖いのは平気だが、大切な人が死んでしまうのだけはマジで無理だ! たえられない!

 精神がおかしくなりそうだ!

 うわあああああああ!


「ふむ。どうやら怖いという感情の在り方は、人によって様々であるようだな」


 冷静に分析すんな!

 ハゲるぞ!

 俺ハゲ散らかすぞ!


「まあ、夏木京矢はあと一回、罰ゲームを免除する権利を持っている。続けるぞ」


 鬼か!?


 俺は俺の彼女に抱きついたままで、スクリーンへと顔を向ける。


***


 絶望に、男はただただ叫びまくる。


 やんちゃなメイドは、指で髪をくるくるしながらも、きゃはははと、細くて高い笑い声を上げる。


 白人メイドは、不敵な笑みを浮かべつつも、血のついたメスをぺろりとなめる。


 どうしてこんなことを――!? 男の疑問に答えたのは、メスをなめ続ける、白人メイドの方だった。


 当時この館には、郁田夫妻が住んでいた。

 郁田源次郎いくたげんじろうは科学者で、体は脳よりも早く老化するという独自の研究結果から、脳を受け入れる器さえ準備できれば、脳を入れ替えることにより、精神を延命することができると考えた。


 そんなある日、妻である佳子けいこが病床に伏した。


 ガンだった。


 病魔は確実に佳子の体を蝕み、やがては命を奪った。


 悲しみに暮れる源次郎が取った行動は、はたから見れば常軌を逸したものだっただろう。

 なんと彼は、妻の遺体の頭部から脳を取り出して、来たるべき日に備えて、保存したのだ。


 とはいえ、源次郎もそれほど若くはない。

 潤沢に時間が残されているとは到底言い難い。


 その後彼は、寝る間も惜しんで、研究に明け暮れた。


 動物実験に成功したのは、それから数十年後のことだった。


 しかし残念ながらその頃の源次郎に、器になる若い人間の体を二体用意する体力は残っていなかった。


 彼は養子として引き取った二人の女の子に言った。自分の脳を保管してくれ。そして訪れた客人に親切にして、その代償として体を奪えと。


 全ては、若くて健康的な体が狙いだったのだ。

 そのためだけに、ハナは殺されて、男はこれから殺されようとしている。


 男は叫ぶ。だったらなんでハナの首を落としたんだ!? 体を使わないなら、殺す必要なんてなかっただろ! と。


『それはだな、拒絶反応が出てしまったからだよ。タクロリムスの連用は、肉体にとって致命的になり得るから、避けるべきだと、郁田源次郎はそう言っていた』


 だったら……ハナは殺され損じゃあないか。


 滂沱のごとく涙を流しながらも、男はハナのことを思い出す。


 高校の校舎で初めてハナを見たあの日。

 大学に進学して、一緒にキャンパスライフを送ったあの日々。

 社会人になり、同棲を初めて、二人で支え合った、あの平和な日常――


 男は後悔する。

 ハイキングに誘わなければよかったと。

 同棲など始めなければよかったと。

 別の大学にいけばよかったと。

 あの日高校で……出会わなければよかった……と。


***


「もうやめてくれええええええええええええ! うわああああああ! オエエエエッ!」


 叫ぶと俺は、まるで狂ったように、一華の腹にぐりぐりと頭をこすりつける。


「そんなこと言わないでくれ! 出会わなければよかったなんて言わないでくれ! 一華がいなかったら俺は……俺は――」


「きょ……きょうや……」


「い、一華……」


 そっと顔を上げると、俺は一華を見上げる。


 目が合う。


 一華の瞳が、どこかぼんやりとしているように見える。


「わ、わたし……いるよ? こ、ここに……いるよ? ずっとずっと京矢と一緒……ずっと、一緒。ずーっと……」


 罰ゲームの免除の権利があるので、今回も俺はくじを引かなかった。

 とはいえ、これで免除の権利はゼロだ。

 次にもしも悲鳴を上げてしまったならば、世にも恐ろしいくじを、やはり引かなければならないのだろう。

 ……恐ろしや恐ろしや。


 俺は俺の髪を撫でる彼女の手の温もりを感じながらも、涙に霞む目を、再びスクリーンへと向ける。

 辛すぎる虚構の映る、その銀幕の世界へと。


***


『ハナの体は、もういらぬ。用無しだ』。白人メイドはそう言うと、口元にうっすらと笑みを浮かべて、持っていたメスをくるりと下向きに持つ。

 そして、『こやつは本当に役に立たなかったな。役立たず……役立たず……役立たず……』と大きな声で言いながらも、何度も、何度も何度も何度も、執拗にハナの体をぶすぶすと突き刺す。


***


 あああああぁぁぁぁあああぁぁぁー……やめてくれえええええ……やめてくれえええぇぇぇー……。


***


『汚物は、やはり消毒せねばならんな』


 一体なにをするのだろう。


 男は涙と鼻水でべたべたになった顔をなんとか上げて、白人メイドにより運ばれてゆくハナの遺体を目で追う。


 そこには、ダストボックスを思わせる、分厚い鉄の扉があった。

 いや、正確にはダストボックスではない。

 焼却炉の扉……それだ。


***


 ああああーあああーあああああぁー……やめてくれえええ……ああー……。


***


 白人メイドが鉄の扉を開けると、中の様子として、スクリーンいっぱいに炎の映像が映る。

 続いて白人メイドの顔、続いてハルとの記憶……

 炎……

 白人メイドの顔……

 ハルとの記憶……

 炎……

 アップになった白人メイドの顔……

 ハルの笑顔――


『さよならなのだ』


 悪魔のような満面の笑みを浮かべると、白人メイドは、間髪を容れずに、ハルの遺体を焼却炉の中に放り込む。


***


「くぁwせdrftgyふじこlp!!」


 うわああああああぁぁぁぁっ!

 焼くぐらいなら俺にくれええええ!

 食べたい!

 せめて食べることにより、一緒になりたい!

 がああががああがあああががあががー……。


「はあ……はあ……はあ……はあ……」


 呼吸を繰り返す俺。


「…………」


 そんな俺を優しく抱きしめて、背中をさする一華。


 言葉なんかいらない。

 言葉なんかなくても、肌を通して、触れ合うことにより、気持ちは伝わっているから。


 そう、俺と一華は、心と心で、強く強く結びついているのだ!


「なにをしている?」


 箸と袋を差し出しながらも、白人メイド(・・・・・)が言う。


「『さっさと引かぬか。この役立たずめ(・・・・・)』」


「きっさまあああああああ! よくも一華を!!」


 大きな声を上げると、俺は白人メイドの胸ぐらをつかみ、そのまま押し倒す。


「許さねえ! 許さねえ! 許さねえ! 許さねえ!」


「夏木京矢よ」


「許さ――」


「夏木京矢よ……我を犯したいのか?」


「はあ……はあ……」


 何度か肩で息をしてから、俺は数瞬目を閉じる。

 そしてもう一度開けて、目の前にいる人物を確認する。


 サラリとした赤の姫カットに、白人特有の透き通るような白い肌。

 瞳は深くて壮麗なグリーンで、プロジェクタの光を反射して、まるで星を散りばめた水面のようにキラキラと輝いている。


 上田しおんだ。


 ふと、教室にいる彼女の姿が思い浮かぶ。

 開いた窓から吹き込む、初夏の風に髪をなびかせる、そんな日常の中の彼女の姿が。

雨と湿気のせいか、自転車のハンドルがグチュグチュのベットベト。オエエエエ

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