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第166話 真夜中のカーニバル2-11

***


 遺体が動くわけがない。

 もちろん腕をつかまれたのは、男の妄想だった。


 疲れているのかもしれない。

 精神が疲弊しているのかもしれない。

 ここ数日で、あまりにも非現実的なことが、身の回りで起こりすぎている。


 男は、泥だらけの身体を引きずりなんとか屋敷に戻ると、部屋でシャワーを浴びて、ハナのいない、空っぽの部屋で、浅くて短い、仮眠を取る。


『夕餉の準備ができたぞ。早く起きぬか』


 数時間後、白人メイドに起こされた男は、ふらふらとした足取りでいつも食事をとるサロンのような場所へと向かう。

 そこにはすでに豪勢な食事が用意されており、男の座るテーブルの前には、ドーム型の銀で蓋をされた、絵に書いたようなメインディッシュが置かれている。


 男は思う。一体なにが入っているのだろう。鳥の丸焼きか? それとも豚足かなにかか? と。


『ありがたくいただけ。これが今夜のメインディッシュだ』。白人メイドが、手のひらに布巾を持った状態で、銀の取っ手に手をかける。

 そして一思いに持ち上げて、プレートの上にのったそれを露にする。


 目に映るのは……ハナの頭部。


 驚いた男は椅子にのけぞり、バランスを崩して、そのまま床に後頭部を打ち付けてしまう。


***


「うわあああああああああ! 一華ああああああああああっ!!」


 声を上げた俺は、すぐ隣にいた一華に抱きつく。

 そして頭部が切り取られていないかを、撫で回して確認する。


「きょっ……きょうや……やめて。私……大丈夫だから」


「――あっ」


 いかん。

 つい頭がこんがらがって……。


「わ、悪い夢でも……見たの?」


「え?」


「だ、だだだ、大丈夫。……わ、私が、膝枕をして……あげるから」


「お、おう……」


 ああ、恋人に成り切っているのか。


 でも恋人って、こんな感じなのか? よく分かんねえけど。


 一華が俺の肩に腕を回したので、俺は一華に身を任せて、そのまま一華の太ももへと首を預ける。


 柔らかくて、なによりも温かかった。


 俺の頭と一華の太ももの間には制服のスカートがあるが、そんな物関係なしに、ダイレクトに一華の優しさが伝わってくるようで、心地よかった。


「きょ……きょうや……」


「お、おう」


 一華が俺の頭を撫でる。


「きょうやー……きょうやー……」


「お、おおう……」


 あれ?

 なんかおかしくね?

 見間違いか、一華の目が、ぐるぐる渦を描いているように見えなくもないようなそんな気がしないような……。


「なにをいちゃいちゃしている。早くくじを引かんか」


「あ、わるい。すぐに」


 否定はしない。

 ここで否定をしてしまっては、上田さんの言う、心の底から互いを思い合うという条件に引っかかり、ペナルティを科せられてしまうから。

 中途半端にやって全てが水の泡になるのなら、徹底的にやって、一回で突破するのが得策だ。

 だから俺は、最後まで演じ切る。

 自分を洗脳してでも。


 箸を渡されたので、俺は受け取ると、袋の中に手を突っ込む。

 そして天井を仰ぎながらもぐるぐるかき回すと、つまんだ感触を確かめてから、手を引き抜く。


 ――二つ、つままれていた。


 そもそも箸だし、中が見えないように上田さんが袋の口を絞っているので、意図せずに複数個取ってしまうのは仕方がないことだろう。


 俺は軽く謝罪をすると、もう一度引き直そうとくじを袋の中へと戻そうとする。

 すると上田さんが、なにを思ったのか袋の口を閉じて、俺から遠ざける。


「ええと……なに?」


「ここで新ルールだ」


「新ルール?」


「夏木京矢が引いたその二つのくじ。もしも二つ同時に罰ゲームを受けるというのなら、今後二回、映画で悲鳴を上げても、罰ゲームは免除しよう」


 今後二回……ということは一回分得するということか。


 なんだかんだいって俺も、結構悲鳴を上げてしまっているし、これはなかなかにいい条件なんじゃないか?


「分かった。じゃあそれで」


「うむ。懸命な判断だ」


 俺はローテーブルの上にくじを置くと、一方を手に取り、ごくりと唾を飲み込む。


 俺の不安を感じ取ったのか、一華が俺の腕にすがりつき、まるで怯える子猫のように、頬をぎゅっと押し当てる。


「ちょ、ちょっと引っ付きすぎじゃないか?」


「そ、そんなこと……ない」


「そうか?」


「だって……私と京矢……こ、こここ、恋人同士……」


 かーっと顔を赤くする。


「……だもん」


「お、おう。そうだな」


 そうだよ。

 俺には今世界で一番大切な彼女がいるんだよ。

 怖いものなんてなにもないじゃないか。


 おらおらこいよ!

 未知の病原体だろうが宇宙からの物体Xだろうが、ぼっこぼこにしてやんよ!



 ――異性の誰かと、朝まで二人で添い寝



 神風キタアアアアアアァァァァァアアアッァァァ!!

 ラブコメの神様マジで空気読んでる!

 愛しているよ! ゴッド!


 ……それは私が……それは私が……それは私が……それは私が…………はずだったのにぃ……私が……だったのにぃ…………。


「一応聞くが、相手は小笠原一華でいいな?」


「もちろん! だって俺と一華は、付き合っていますから!」


 一華の肩をガシッ!


「ふわーっ!」


 喜びっぽい声を上げた一華が、股間に手を挟んで、くねくねと太ももを左右に動かす。


 こらこら紛らわしいからそういう動きはやめなさい。

 まったくはしたないんだから。


「してもう一つは?」


「ええと……」



 ――異性の誰かに、朝までに十回好きと言う(本気っぽく。一気言いは厳禁)



 ……またっ……またっ! ……それは私が……はずだったのに! …………だったのに!


 ふはははは。

 まるで俺と一華のために用意されたくじだな!


 何度でも言ってやるさ!

 むしろ十回じゃあ少ないぐらいだ! ……というかメイド識うるさい。


「ふむ。これも……まあ、聞くのは野暮ってものだな」


「もちろん! 言わずもがな相手は一華――」


 例のごとく一華の肩をガシシッ!


「お前だ!」


「――ふぁっ! ふわーっ!」


「どれ。ためしに一つ、言ってみてくれぬか」


 わざとらしく指先を合わせながらも、上田さんがねだるように首を傾げる。


「ああ。お安い御用だ。じゃあいくぞ。一華」


「ふえっ!? ……う、うん」


「一華」


「は……はい」


 俺は顔を寄せる。

 そして口を一華の耳元まで持ってゆき、まるで息を吹きかけるように、愛を囁く。


「お前のことが……本当に好きだぞ」


「んっ……うう……きょ、きょうやー……」


 一華は、目をきょろきょろさせてから、股間に挟んだ自分の手へと目を落とす。

 それから気づいたようにさっと手をあげると、小さく首をふりふりして、涙目で言う。


「――ちっ……違うの! こ、これは、違うの! ……うう」


 なにが違うのかはよく分かんねえけど……かぁーいいよー! おっもちかえりぃー!


「まあノルマはあと九回だ。罰ゲームの内容にもあるように、一気言いは厳禁だから、朝までには言うように」


「任せとけ」


「では続けよう。識日和メイドよ。再生だ」


「にゃ~……分かったにゃ~……」


 識さんのヒットポイントが、明らかに減ってきている。

そのうちラノベも規制されそう。「ラノベを読むと著しく免疫力が下がると専門家が仰っておりますので」とかいって。

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