第165話 真夜中のカーニバル2-10
「へ? え? わ、わわわ、私??」
「当然であろう。これはあくまでも罰ゲームだ。当事者が担わなくてどうする」
なるほど。
確かに上田さんの言うことは筋が通っている。
というか、告白って基本男からするものだと思い込んでいたから、てっきり俺が一華にすると、勘違いしていた。
「さあ、早く言うのだ! 夏木京矢のことが、大好きだと!」
「だ、だだだ……だいしゅき!? ど……どうしても?」
「分からぬな。なにをそんなにためらっている。これは所詮『ごっこ』だぞ。遊びだぞ。相手の気持ちはどうであれ、結果は明確なのだ。緊張することもないであろう」
「うう……」
「それともあれか?」
首を傾げる。
例のごとく口元に、シニカルな笑みを浮かべながらも。
「偶然に偶然が重なり、小笠原一華の本当の気持ちを、暴いてしまったとでもいうのか?」
「――ち、ちがっ! そ、そんなわけない! 京矢なんか、し……しらない!」
「では言えるな? ただ言えばいいんだ。朝『おはよう』と何気なく言うのと、なんら変わらない。それだけだ」
「い、言える。簡単。超簡単……」
一華がソファから立ち上がる。
つられた俺も、すぐにソファから立ち上がる。
「ええと……その……あの……」
「お、おう……」
前で手をもじもじと絡ませながらも、一華は肩をすくめる。
俺のことを見たり見なかったりするその瞳は、なぜか涙に潤んでいる。
頬は、まるで塗りすぎたチークのように朱色に染まっているが、おそらくは羞恥に血が上ってしまっているのだろう。
当然だ。
たとえ振りとはいえ、一華をおとしめた、こんな俺なんかに、自ら告白することを強いられているのだから。
本当に本当に……ごめんな……。
「――きょっ、京矢!」
「はっ、はひっ!?」
思わず声がひっくり返ってしまう。
いかんいかん。
今は目の前のことに集中だ。
なにかの舞台だと思えー。
これは演技だ。
これは演技なんだ。
演技演技演技……演技演技演技……封神演義。
「あの……その……京矢……わ、わたし……」
「お……おう」
「わたしね……そのね……」
一華の脚が、まるで生まれたての子鹿のようにぷるぷると震えている。
え? 大丈夫?
これって支えてあげた方がよかったりする?
こう肩を両手でつかむようにして。
ということで、俺は無言実行をした。
「――ひゃい! へ? え? な、ななな……なに?」
「いや、支えた方が、いいかなーって思って」
「あ、ありがとう……」
「で、話って、なにかな?」
わざとらしー。
我ながらに演技が下手だな。
「う、うん。……じ、実は私……じ、実は……」
「お、おう」
「きょ、京矢のことが……京矢のことが……うう……」
「俺のことが?」
合わせた手をぎゅっと握ると、一華は強く目を閉じる。
そして顔にかかった長い髪の存在も忘れて、まるで地面に吐き出すように、告白の言葉を口にする。
「す……好き! 大好き! だ、だから……つ、付き合って……ほしい……」
――好き! 大好き! ……好き! 大好き! …………好き! 大好き! ………………。
脳内に反響する一華の告白。
気がつけば俺の周りからは、上田さんが消えて、呪文を唱える識日和メイドが消えて、リビングが消えて、音が消えて、一華と俺だけの、真っ白な、精神空間になっていた。
感じるのは、高鳴る鼓動と、もうこれ以上は世界のどこを探してもないのではないかと思われるような、あまりにも圧倒的すぎる幸福感のみ。
俺は、頭がどうかしてしまったのかもしれない。
いや、きっと寝不足のせいだ。
あんなにも演技だと自分に言い聞かせたにもかかわらず、現実と虚構の境を、完全に見失ってしまったのだから。
「……俺も」
「……へ?」
「俺も一華が好きだ! 一緒になろう!」
「ふえ?」
がばっと、一華に抱きついた。
強く強く、なによりも熱く、一華を抱きしめた。
目を見開いて、息を止める一華。
「ほうっ」と感心したような声を上げる上田さん。
相変わらず呪文を唱え続ける識日和メイド。
目を閉じれば、グレゴリオ聖歌と共に、エンドロールなんかが見えてきそうだ。
…………あれ? つか俺なにしてんの? あれ?
きっと、エイリアンハンドシンドロームって、こんな感じなのだろう。
無意識に、本当に勝手に体が動いて、そのあとに自分のしたことに対して戸惑いの感情を抱く。
その頃にはなにもかもが手遅れで、相手に対してはただただ謝り赦しを得るか、最悪なんらかの形で賠償をするしか道がない。
俺は、一華に訴えられるのか?
ヤフーニュースとかに、『西高等学校男子生徒、同級生に性的セクハラ』とか記事が載って、ヤフコメ民とかにボロクソに叩かれるのか?
う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!
な゛ん゛でだよ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ!
「す、すまん一華! これはあれだ! 演技だ! この方が雰囲気が出るかなって思って! だから、訴えないで!」
「――だっ、だめえ!!」
だめ? ん? だめ?
フラれた?
そういうこと?
「は、ははは、離さ、ないで……」
なにを思ったのか一華も、俺の背中に腕を回して、強く強く抱きついてくる。
遅れてやってきたのは、服越しに伝わる一華の体温……匂い……心臓の律動……。
俺の脳からは今……ヘロインの百倍ぐらい強い物質が、どばどばと音を立てて分泌されまくっている!
「ど、どどど、どーしたのかなーいーちかさーん」
「ううう……きょ、きょうや~……」
「つか本当にどうした?」
「こ、こここ」
「なに? 子供がほしいの?」
「――ちがっ! な、なに言ってるの!?」
「じゃあなんだよ」
「あの……その……腰が、抜けた……」
「え!? なんで?」
「だってだって……京矢が…………するからぁ……」
「え? なに? 聞こえない」
「も、もういいでしょ! ソファに座らせて!」
「お、おう」
ソファに座ると、一華が息をはあはあさせながらも、俺の肩に首を預けてくる。
首筋に触れる一華の髪が、なんだかこそばゆいような、そうでないような。
「はっはっはっはっは」
手を叩きながらも、上田さんが高笑いをする。
「素晴らしいな。予想以上であったぞ」
「それはどうも」
「めでたく二人は結ばれた。朝まで、しっかり恋人をするのだぞ」
「ごっこだけどな」
「所詮はごっこ、されどごっこだ。二人共、自分自身を洗脳するように、心の底から、互いを思い合うのだ。それができないなら、未達成ということで、ペナルティを科すことにする」
心の底から互いを思い合っているかどうかの判断基準はどこだよとは思ったが、もうなんか面倒くさくなってきたのでいちいち突っ込まないことにする。
「分かった分かった分かったから。俺は一華の彼氏で、一華は俺の彼女。二人は心と心でつながっていて、誰よりも深く愛している。これでいいだろ?」
「うむ。それでいい。では映画を再開するぞ。おい識日和メイドよ。いつまで壁に向かって嘆いておる。早く再生ボタンを押さんか」
「は、はいですにゃー」
ヒカキンは食い物系だけ見てる。