第163話 真夜中のカーニバル2-8
キッチンから戻ってくると、識さんは猫耳をぱたんと伏せつつも、謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさいにゃー。牛乳は、なかったにゃー」
「そうか。なかったか」
「その代わりといってはなんですが、こんなものがあったにゃー」
言うと同時に、背中に回していた手を前に差し出す。
識さんの手には、一リットルパックの、なんらかの飲み物が持たれている。
「ほう……それは、『どろり濃厚ブルガリンヨーグルト』ではないか」
……どろり濃厚って…………。
「でかしたぞ……ではなくて、ご苦労であったな識日和メイドよ」
な、なんかすっげー嫌な予感がしまくるのですが……。
「ほらこちらにくるのだ。褒美をやろう」
「な、なんですかにゃー?」
「なでなでだ。どうだ気持ちいいか?」
「――き、気持ちいいにゃー……ご、ご主人さま」
「おや、耳が曲がっておるではないか。どれ、直してやろうぞ」
「感謝しますにゃー……ご主人さま」
上田さん……それはいかんですよ。それだけはいかんですよ。
萌え萌え……は死語か。
ブヒブヒ……も死語か?
とにかくかわいいその部分を直してしまうなんて、編集の修正が入りまくった小説なみにクソつまらんですよ!
「では識日和メイドよ、夏木京矢にそのどろり濃厚ヨーグルトをついでやるのだ」
「分かりましたですにゃー」
識さんは盆の上にのっていたまだ使っていないグラスを手に取ると、パックを傾けてヨーグルトを注ぐ。
ヨーグルトは、その名に恥じぬぐらいに濃いのか、傾けてから一瞬の間を置いてから、どろーんという擬音でも聞こえてきそうなぐらいのゆっくりなペースで、グラスの中へとたれてゆく。
というかこれ……マジで濃いな。
液体というよりはむしろ、固形物じゃね?
「ど、どうぞにゃ」
「ど、どうも」
お……重い?
そう感じるだけ?
大丈夫だ。
飲めばいいんだ。
それだけなんだ。
むしろ健康食品をタダで飲めるんだから、罰ゲームに感謝してもいいぐらいなんだ。
「こういう場合、なにかかけ声のようなものをするべきなのか?」
首を傾げた上田さんが、俺越しに、隣に座る一華へと視線を送る。
「わ、分かんない。私……そういうの、したことないから」
「うむ。我もだ。では識日和メイドよ。貴様なら分かるであろう。なんといってもリア充なのだからな」
話を振られた識さんは、その場に立ち上がると、まるで別の人格が天から降りてきたかのように、妙に縦ノリなリズムで手を叩き始める。
「はい! 夏木くんのちょ~っといいところ見てみたい!」
――え!?
「はい! 飲~んで飲んで飲んで! 飲~んで飲んで飲んで!」
なんすかそのちょっとアレなノリ。
「飲~んで飲んで飲んで! 飲~んで飲んで飲んで! 飲~んで飲んで飲んで!」
パンパンパパパン、パンパンパパパン、パンパンパパパン。
バカッターとかに上がってそうな感じでなんか超嫌なんすけど。
……でもまあ、これだったらドン引きで、全然全く笑えないし、むしろ一気飲みには最適か。
俺はグラスの縁に口をつけると、傾けて、その濃厚なヨーグルトを、一気に流し込み始める。
「おっ。見てみるのだ。ツイッターに、夏木くるみが新たな投稿をしているぞ。なになに――
『実は私、お守りの中に、京矢の陰毛を入れてるんです。処女の陰毛を持ち歩くと・・・みたいのありますよね? あれの逆みたいな。そばで京矢に見守られているようで、安心するんです』
だそうだ」
――ぶううううううううっ!!
「ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ! はあ……はあ……コホコホッ……」
「汚いのう」
目を開けるとそこには、俺の唾と濃厚ヨーグルトが混ざった――ようは白濁液にまみれた、ハーフ系美少女、上田さんのお姿があった。
「今日の昼もそうだが、夏木京矢は我に、なにかしらをぶっかけたいようであるな」
「――い、いや! なんていうか、エロい! じゃなくって、ごめん!」
というか俺は悪くない!
あのタイミングでわざわざくるみのツイッターを読み上げる上田さんが悪い!
「まったくもったいないのう」
上田さんは頬についたどろりとした白濁液を指ですくうと、口の中に入れて、ちゅぱちゅぱとなめる。
「このヨーグルト、結構高価なのだぞ」
「と、とにかく拭かないと。識日和メイド、なにか拭くもの持ってきて」
「ああ?」
ドスのきいた声で言うと、識さんが人を殺しそうな目で俺を睨む。
し、しまった……。
つい上田さんにつられて……。
「識さん、風呂場からタオルかなにかを持ってきていただけますでしょうか」
「わ、分かりましたにゃー……ご主人さま」
も、もう嫌……帰りたい……。
上田さんから俺がぶっかけた全ての白濁液を拭き取ると、再び、映画の視聴を始める。
この時点でまだくじは三つしか引いていないが、すでに俺と識さんはくたくただ。
やれやれ……。
一体全体どうなることやら……。
注射ぶすっの映像を見るたびに、うぎゃああああって一人身悶えてる。