第160話 真夜中のカーニバル2-5
あっちゃー! よりにもよって識さんが引いちゃったかー。
本当は一華の猫耳メイドが見たかったんだけど、まあいいか。
というか、識さんの猫耳メイドも、それはそれでよさげだし。むっふふー。
「京矢! あんたかー!」
目の前に立った識さんが、俺の胸ぐらをつかみ上げる。
「ぐっ、ぐるじい! やべで!! おでじゃねーがら!」
「嘘こくなし! 顔に書いたるわ!」
マジで?
最後のむっふふーがいかんかったかな?
出ちゃったかな?
そんな識さんをなだめたのが、先ほどから俺と識さんのやり取りをにやにやとした顔をしながらも眺めていた上田さんだ。
「まあ待て。とにかく落ち着くのだ」
「これが落ち着いていられるかっての!」
「『いられるかっての』ではないだろ。『落ち着いてはいられませんにゃーご主人さま』だろ?」
「え?」
「貴様は今この時からメイドだ。メイドは主人に仕えて、献身的に身の回りの世話をする……そうであろう?」
「で、でも! これは――」
「ルール二」
人差し指と中指を立てて二を示す。
もう二を示しているのか嬉しさにピースをしているのかよく分からない。
「引いたくじの罰ゲームは、なにがあっても絶対に行うこと。なにか異論はあるか」
「うっ……」
「あるのか?」
「な、ない……」
「ありませんにゃーご主人さま」
「ありませんご主人さま」
「にゃあ」
「にゃ……にゃあ」
顔を真っ赤にして、識さんが言う。
目を超うるうるさせて、肩を小刻みに震わせながらも。
か、かわいい!
かわいいかわいいkawaii!
自分でも気づかぬうちにガッツポーズをしていた俺へと、識さんが怒りのローキックを食らわせる。
い、いてえ……でもkawaii……。
「こら。いかんであろう。メイド風情がご主人さまに暴力を振るうとは」
「申しわけございませんご主人さまにゃあ」
う……うっぜー……でもkawaii。
「では識日和メイドよ、こちらにくるのだ」
「こっちって、一体どこにいくのですかにゃあ」
「決まっておろう。メイド服に着替えるのだ」
「にゃっ!?」
すげえ。
……もうすでに反応が猫になっている。
……kawaii。
「しっかり猫耳もあるぞ! さあ、早くくるのだ!」
「ご主人さま! 勘弁してくださいにゃ~……」
にゃ~……にゃ~…………にゃ~………………にゃ~……………………にゃ~…………………………。
識さん、ご愁傷さまです。
正直、超最高っすわ!
「きょ、きょうや……」
ガッツポーズをする俺の袖をつまんだ一華が、恐る恐るといった面持ちで聞く。
「ん? なんだ?」
「さっきの、本当に京矢……書いたの?」
「お、おう。そうだけど」
「わ、わたし……なる確率高かった。実際、日和悲鳴上げなかったら、私が悲鳴上げてたと思うし……」
「お、おう……」
一体一華はなにが言いたいんだ?
首を傾げて俺は聞く。
「も、もしかだよ。もしかして、猫耳メイド、私にさせたかった……とか?」
ギクリンコ!
というか、そうなるよな。
俺も当初は、罰ゲームを受けるのは全部一華だろうなあと思っていたほどだし。
もちろん俺は嘘をつく。
そう、時に嘘は真実よりも人を思う気持ちになり得ることがあるのだ。
「そうだよ。一華の猫耳メイド、超見たかった」
そんなわけないだろ。
俺が一華の負担になるようなことをすると思うか?
「や、ややや、やっぱり……」
顔を真っ赤にした一華が、手で顔を覆い、恥ずかしそうにうつむく。
……あれ?
もしかして俺今、建前と本音を間違えたか?
「ええと、俺今なんて言ったっけ?」
「わ、私の猫耳メイドを……見たいって」
うん!
やっぱり間違えていたみたいだ!
言ってしまったが最後。
もう言葉は戻ってこない。
だったら俺は……突っ走るしかない!
俺は一華の両肩をがしっとつかみ、俺の方を向かせると、その黒くてかわいらしいどんぐり眼をしかと見つめながらも、大きな声ではっきりと、断定的に言う。
「一華、俺はお前の猫耳メイドが見たいぞ! だって絶対にかわいいから! 絶対に似合う! 一華が恥ずかしがりながらも『にゃあ』とか言うところを想像するだけで、俺はもう、心の底から湧き上がる幸せな感情に、身悶えそうだ!!」
「きょ、きょきょきょ、きょうや……」
俺の名を呼び、「うう……」と言い目をそらすと、小さな、ともすれば聞き逃してしまいそうなぐらいに小さな声で、かすかに囁く。
「ぁ……ぁりがとぅ……にゃあ……」
「え?」
思わず俺は手で口を覆う。
あまりの嬉しさに、なんか色々通り越して、ゲロが出そうになる。
「い、一華……」
「う、うん」
「もう一回……」
「ふえ!?」
「もう一回頼む」
「皆の衆お待たせなのだ! ……おや?」
ソファの端と端に、互いに背を向けて座る俺と一華を見て、上田さんが首を傾げる。
「もしかして……お邪魔だったかにゃ~?」
くそぅ! くそぅ!
つか絶対に聞いていただろ!
この地獄耳めが!
「別に邪魔じゃねえし。それより着替えたのか? 識さん」
「ああ。しっかりとな。それではご登場いただこう。刮目せよ!」
上田さんがさっとどくと、背後からメイド服に身を包んだ識さんが現れる。
黒のワンピースの上に、ひらひらとした白のエプロンをつけた、スタンダードでクラシカルなメイド服。
襟は白で、胸元には形のいい黒のリボンが、慎ましやかに添えられている。まるで黒い蝶だ。美少女という名の花に引き寄せられた、黒のアゲハだ。
おそらくは本場ヨーロッパで調達した本物のメイド服なのだろう。
ドンキとかに売っているコスプレ用のメイド服とは違い、生地が高そうだし、縫い目も細かい。
なによりもスカートが長いというのが、今回に限ってはいい。
いつもは短いスカートを履き、その健康的な生脚をこれでもかというぐらいにさらけ出す識さんにとっては、いい意味でギャップになるのだから。
そしてそしてお待ちかね。
視線を頭部へと転ずれば、そこには少女をケモナーへと転身させるマジックアイテム、猫耳だ。
確かに茶髪に黒の猫耳と、少々色が合っていない感は否めないが……そんなの関係ねえっ!
もうこれは反則級のかわいさでしょうがあああー!
あああああああああああああああ!
あああああああ語彙力が失われるうううう!
三年ぶりに夏のアレが出た。…最悪。