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第159話 真夜中のカーニバル2-4

 集合行動とでもいうのだろうか。

 決定権のある一人がおり、それに従う複数人がいる集団において、動き出した流れを変えたくても、なんとなく言い出しにくいという空気が、たまにあったりする。

 現在の状況は、間違いなくこれだ。


 悪ノリだーとか、遠回しな強要はよくないーとか、そんなことを思いつつも、同時に、でも今さら言い出せないよなとブレーキがかかってしまい、時間だけが過ぎてゆく。時間が過ぎてゆくのだからさらに言い出せなくなり、結局は思いとは裏腹に、実行に移っていってしまう。

 まさに負の連鎖。

 リアルで起こる精神的なバグ。


 一華には悪いが、今の俺にはもう、この流れを止めることができない。すまん……。


 というかよく考えたら、フェアにするためにくじ引き方式にすると言っていたが、一体全体どこがフェアだというのだろうか。


 一華はホラーが苦手。

 俺たちは別に苦手じゃあない。


 一華はホラーで思わず悲鳴を上げてしまう。

 俺たちはたかがホラーなんかで悲鳴なんて上げるわけがない。


 となると、罰ゲームの決定がくじというランダムに変わっただけで、実質なにも変わっていないじゃあないか。

 それどころか、罰ゲームの数が三つから十二個に、ようは四倍に増えたのだから、それはそのまま一華の負担が四倍になったといっても、過言ではないはずだ。

 だって罰ゲームを受けるのは、よっぽどのことがない限りは、一華しかいないのだから。


 ……まったく。

 上田さんは一体なにを考えているんだか。

 一華を嫌っているってことは絶対にないとは思うけれど、一華がかわいそうなところを見て、そんなに楽しいっていうのか?

 それともなにか? 他になにか目的でもあるっていうのか?

 あるとしたらそれはなんだ?

 ……ああ考えても全然分かんねえええ!


 上田さんから紙とペンを渡されたので、俺は受け取ると、仕方なく三つ命令文を書いた。

 超簡単で、難易度の低い、一華の負担にならないような、そんな命令文を。



・牛乳一気飲み

・手をつなぐ(一時間)

・丸一日猫耳メイド(語尾は「にゃん」か「にゃあ」)



 あれ?

 超簡単を意識してざっと書いたけれど、これって意外と難しくね?

 特に三つ目。


 というかもしかして俺が見たいだけなのか?

 一華が猫耳メイドになって、ご主人様ひどいにゃあとか言っちゃう、そんな光景を。


 いや、そんなはずはない。

 俺は一華のことを思っているんだ。

 言うなれば一華ファーストなんだ。

 一華の負担になってしまうことなんて、やるはずがない! ああ一華の猫耳メイド見てえなあ。


「皆の衆、命令文は書けたか? では先ほど我がしたように切り取り、折って、袋の中に入れるのだ」


 俺たちは互いに命令文の内容が見えないように作業を進めると、できあがったくじを袋の中に入れた。


 識さんは若干手間取っていたようだが、なんとか作業を終わらせると、最後に袋の中に入れた。


 これで罰ゲームくじ……もとい悪ノリ悪癖リア充グッズの完成だ。

 あとは、一華が猫耳メイドを引き当てるのを、今か今かと待つのみだ。


「今一度ルールを確認するぞ」


 袋の口を手で握り、しゃかしゃか上下に振りつつも、上田さんが一人ひとりに視線を送る。


「一に、映画で悲鳴を上げた者がくじを一つ引く。二に、引いたくじの罰ゲームは、なにがあっても絶対に行うこと。この二つだ。では、映画を再開するぞ」


 上田さんは、「――衝戟に備えよ!」とか言いつつも、ッターンとキーを叩いて、映画の続きを流し始めた。


 このハーフ美少女……ノリノリである。


   ***


 走り回る甲胄からなんとか逃げおおせた男は、息も切れ切れに、部屋に戻った。

 しかしそこに、先ほどまで疲れ果てて寝ていた、女の姿はなかった。


 否応なしに、嫌な予感がこみ上げてくる男。

 当然だ。不気味な洋館に徐々にエスカレートしてゆく怪奇現象。なによりも今しがたの走る甲胄。

 恋人になにかがあったのかもしれないと考えるのは至極当然だろう。


 居ても立っても居られなくなった男は、部屋を飛び出して、今一度暗闇が支配する洋館内へと歩み出す。


 まずは客間のある二階部分だ。

 男は、暗い廊下に整然と並ぶドアを、一つひとつ確認してゆく。

 しかし鍵がかかっているのか、どのドアも錠の引っかかるガチャガチャという音がするだけで、一向に開く気配がない。


『落ち着け……落ち着け……』男は自身を落ち着けるためにも言う。『鍵がかかっているんだから中には入れない。つまりここにはいない』


 次にやってきたのは、一階のエントランスだ。

 初めて館内に足を踏み入れた時のシーンと同様に、かけられた肖像画、甲胄と、まるで男の視線を表すように映像が入る。


『あの甲胄……』独り言を言った男が、甲胄に駆け寄る。

 そして恐る恐る触れようとしたその時、がしっと手を握られる。


   ***


「きゃああああ……コワイコワイ、ワタシもうムリ~!」


 ……??


 戸惑いからか、思わず疑問符が頭の上ににょきっと出る。


 声を聞き、すでに誰かは分かってはいたが、一応悲鳴の主へと顔を向けて確認をすると、やっぱりそこには識さんの姿があった。わざとらしく両手を口に当てた、識さんの姿が。


「……ええと、なに?」


「なにって、怖かったから悲鳴を上げちゃっただけだし」


「え? 悲鳴? すげえ棒読みみたいになっていたんだけれど」


「私の悲鳴、いつもこんな感じだし」


「いや、でもどう聞いても」


 だーかーらーと、声には出さずに口だけで言う。

 そしてそのままちらりと、俺越しに一華へと視線を送る。


 ……ああ!

 なるほど!

 一華のためか!

 一華が罰ゲームを受けなくて済むように、先に悲鳴を上げて、回避させてあげるってわけか!


 識さん……あんたマジで優しすぎでしょ。

 もう一華のお母さんでよくね?


 俺は識さんの肩に手をのせると、感動を胸にうんうんと頷いてから、このまま識さんの思惑を押し進めるためにも、さっそくといったていでくじの袋へと手を伸ばす。

 しかし、俺の手がくじの袋にとどく寸前で、先ほどから指であごをつまみなにかを考えていた上田さんが、さっとくじの袋を奪い取る。


「ん? 識さんが、くじを引くんだけれど」


「うむ。まあ、そうなのだが。なにか解せなくてな」


「そう? でも、ルールだよね? 映画で悲鳴を上げた者がくじを一つ引くって」


 上田さんが、どこか納得できないといった顔で首を傾げる。


 もうひと押しだ――。


 俺は、説得の言葉を口にする。


「さっき上田さんが言ったルールだよね。いきなりやぶるのは、ちょっと考えものじゃない?」


「……そうであるな」


 折れたのか、上田さんが観念したようにくじの袋を俺に渡す。

 なぜかコンビニの袋に入っていた割り箸と一緒に。


「割り箸? これは?」


「いや、念のためだ」


「念のため?」


「それでくじを引く。指でつまんでくじを引くことは、許さない」


 一体全体なんのために?


 俺はよく分からないまま、くじの袋と割り箸を、識さんへと手渡す。


 まあ、指で引こうが割り箸で引こうが、一華の罰ゲームが回避されるのは一緒だから、別にいいんだけれど……と、そう思っていた。


 識さんの、絶望したような顔を見るまでは。


「え、ええと……識さん? 大丈夫?」


「ご、ごめん」


「え? なにが?」


「さっきの悲鳴……あれわざと」


 は? ……はい!?

 なんで暴露すんの??

 え??


「だから、くじは引かなくていいっしょ?」


 識さんの質問に、上田さんが答える。口元ににんまりと、笑みを浮かべつつも。


「どうして急に意見を変えたのだ? もしや貴様……なにか仕込んだとかではあるまいな」


 え?

 仕込んだ?

 どういうこと?


「し、ししし、仕込んでねーし。そんなズル……するわけねーし」


 見るからに動揺する識さん。

 よく見れば、組んだ腕がぷるぷると震えている。


 こ、こいつ……やりやがったな!

 おそらくは指で触れると自分で書いた物が分かるように、くじに細工を施したんだ。


 つーか全然全く一華のためじゃねえじゃねえか!

 俺の感動を返せ!


「だったら割り箸でくじを引くのだ。さすれば、貴様の潔白を認めようではないか」


「わ、分かったし。よゆーだし」


 識さんはぱきんと小気味よい音を鳴らして割り箸を割ると、舌でぺろりと唇をなめてから、袋の中からくじを一つつまみ取った。


「して、内容は?」


「ええっと…………はあっ!?」


「して、内容は?」


 上田さんに答える代わりに、識さんが開いたくじをローテーブルの上に放り出す。


 俺と上田さんと一華は、それぞれ頭を突き出すようにして、上からくじの内容をのぞき込む。



 ――丸一日猫耳メイド(語尾は「にゃん」か「にゃあ」)

プリングルズってこんなに小さかったっけ?www

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