第156話 真夜中のカーニバル2
コンビニから戻り、リビングに入ると、そこにはローテーブルにのせられたプロジェクタと、壁際に立てられた、折りたたみ式と思われるスクリーンが準備されていた。
プロジェクタはノートパソコンに、一本のケーブルでつながれている。
おそらくはノートパソコンでディスクを読み取り、それをプロジェクタでスクリーンへと投影するといった感じなのだろう。
「これでホラーを観るのか。……マジでヤバいな」
一華の隣に腰を下ろすと、俺は袋から菓子やら飲み物やらを取り出しつつも言う。
「一華、お前本当に大丈夫か?」
「だ、だだだ、大丈夫……だよ?」
「いや、俺に聞くなよ」
スクリーンは、テレビで言うところの百インチぐらいだ。
横二メートル、縦一メートルちょっとと、かなり大きい。
しかもその巨大なスクリーンが、この手狭なリビングにあるものだから、どこかこちらに迫るような、威圧するような、そんな感覚を抱かずにはいられない。
というかこのサイズならば、ホラーよりも、普通にアクション映画とかが観たいのですが……。
「うむ。夏木京矢よ。戻っていたか。買い物、すまぬな」
手に人数分のグラスを持った上田さんが、識さんと共にリビングに入ってくる。
グラスは盆の上にのせられており、律儀にも氷と、飲み口の部分が曲がる色の線の入ったストローが、一緒に添えられている。
「いや、全然。それよりも、スクリーンすごいね。ホラーやめて、なんか他の、アクション映画とかにしない?」
「なんだ? まさか貴様、小笠原一華のために言っているのではあるまいな」
「いや、そういうわけじゃあないけど、普通に観たいなあって」
「ふっ。じゃあ今度、なにか持ってくるといい。一緒に観ようぞ」
「マジで? 超楽しみなんだけど」
って、あれ?
一緒に観るって、二人で?
同じ屋根の下で二人で?
それってある意味部屋デートじゃね?
……よし、間違えてAVまぜとこっ。
「で、どれからいくん?」
俺の隣に腰を下ろした識さんが、前かがみになって、テーブルの上に散らばったディスクを適当に二枚手に取る。
「やっぱ初めは日本のホラー? この『呪殺の館』にする? なんか怖そうだし」
「うむ。ではそれにするか。どうせ全部観るわけだしな」
識さんからディスクを受け取ると、上田さんはディスクのトレイを引き出して、ノートパソコンに入れる。
そしてプレイヤーを起動すると、再生ボタンを押す前にそっと立ち上がり、電気の紐へと手を伸ばす。
「――きゃっ!!」
電気が消えて、部屋が真っ暗になった次の瞬間、叫び声を上げた一華が、俺の腕に抱きついてくる。
「え……一華、お前なにしてんの?」
「だ、だって! だってだってだって!」
「だってもなにも、部屋が暗くなっただけだよ?」
「な、なんか……怖い……うう」
これからホラー映画を観るという状況が、一華の精神状態を不安定にしているのだろう。
というかまだ本編が始まってすらいないのにこれでは……下手をしたらショックで死んでしまうのではないか?
「小笠原一華よ、さっさと夏木京矢から離れるのだ」
ソファに腰を下ろした上田さんが一華に命令口調で言う。
コーラを片手に、ポテチをぼりぼりと頬張りながらも。
「先ほども言ったであろう。これは苦手の克服のための上映会だと。――そう、全ては貴様のためにやっているのだ!」
自分が観たいからですよね?
というか○○のためにやってやっているとか、○○のために言ってやっているとかって言う人は、結局全部自分のためだから、信用しちゃいけないって、どこかの誰かが言っていましたが、それは……。
「う、うん。……ごめん」
一華が俺から離れるのを確認してから、上田さんはチャプター画面にある本編再生のボタンを押した。
映画は、山で遭難した男女のカップルのシーンから始まった。
時間帯は夜で、天の底が抜けたような雨と、暴力的なまでの横風が、そんな気の毒な二人へと、これでもかというぐらいに襲いかかっている。
ほどなくして二人は、山の中腹辺り、森を抜けた先に、古い洋館を見つける。
洋館は全体的にボロくて、なによりも整然と並んだ窓に明かりが一つたりとも灯っていないことからも、今は誰も住んでいない廃墟であると思われた。
『天気が落ち着くまで、しばらくここで休ませてもらおう』。男が言うと、女は始めは怖がったが、外よりはましかということで、その洋館の中に入ることにした。
ギギギギ……重い木の扉が軋む嫌な音が、埃っぽいエントランス内に響き渡る。
男は息を呑みつつも、一歩、また一歩と、その暗闇の中へと足を踏み入れてゆく。
『誰もいないみたいだな』
『そ、そうだね……』
『なんだ? まさかお前、こわ――』
男が振り向くと、突然画面が男の一人称視点になる。
スクリーンには怖そうに肩をすくめる女のアップが映っており、よく見ると女の背後の暗闇に、白くてぼんやりとしたなにかが、浮かんでいるようにも見える。
『え? なに?』。女が男……ようはカメラ、さらに言えば俺たちに向かい聞いた次の瞬間、白くてぼんやりしたなにかが急速に近づき、半分が影に染まった、白人女性の顔になった。
「いやあああああああああ!!!!」
うわああああああああああ!
一華の突然の絶叫に、思わず俺は心の中で叫んでしまう。
というか映画より、今のが一番怖かったんすけど。
いや、怖いというかびっくりしたんすけど。
マジでびびった。あとびびった。
「な……なんだよ一華。びびるだろ」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
返事はない。
一華は俺の腕にすがりつき、顔をうずめて、ただただ荒い呼吸を繰り返している。
「まったく。一体全体なにがそんなに怖いというのだ」
映画を一時停止した上田さんが、やれやれといった風に鼻から息を抜く。
「さっきも言ったであろう。これは所詮作りものだと。脚本があり、キャストがいて、ただそれを演じているだけだ。そう頭で理解できれば、ただの映像作品として楽しむことができるであろう」
「う……うん。わ、分かってる。でも、でもでも……やっぱり、怖い……」
俺の腕にすがりついたままの状態で、まるで小動物が物陰からのぞくように、一華が上田さんを見る。
「そこなのだよ。たとえ頭で理解できても、心のコントロールができないのならば、行き着く先はやはり……キメセクのセックスドール」
「――セッ!? い、いや……いやだよぉ……」
「では、再開するぞ。小笠原一華、貴様のためにやってやっているのだからな」
なにをするべきなのか…そうか、ソシャゲの周回だ。