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第152話 長き奮闘の果てに

「じゃあ、とりあえずこれで送信していい?」


 確認するようにもう一度スマホの画面を俺たちに向けると、識さんが小首を傾げる。


「いいと思う。林間学校のことなら割と直近だし、純もなにかしらの返事をしてくれると思うし」


「じゃあ、送信で」


 言いつつも、識さんが送信のボタンを押す。

 すると『ぽこ』みたいななんとも頼りない音と共に、画面の右側に吹き出しのメッセージが表示される。


 メッセージは送った。

 おそらくは今頃、着信音に気づいた純が、ロック画面に表示された短いメッセージを見て、電話をかけようかかけまいか迷っていることだろう。


 わざわざイメージしようとしたわけではないが、どこかの旅館の一室で、純がスマホを見つめつつも、立ちすくんでいる姿が思い浮かぶ。


 ……ん?

 よく見たら奥にいるのはかわいいかわいい俺の妹、くるみではないか。

 クソが!

 同じ部屋だと!

 ふざけやがって!

 穢れる!


 ……フリーズ……フリーズ…………。


 心を落ち着けるためにも、俺はここでようやく、盆の上に置かれた紅茶へと手を伸ばす。


 紅茶は完全に冷めてしまっていたが、そもそも夏だし、頭を冷やすにはちょうどよかった。


 純からの着信がきたのは、俺が紅茶を飲み終えて、そろそろかなと識さんに話しかけようとしたちょうどその時だった。


「――きた!」


 顔を上げると、識さんが俺たちに顔を向ける。


 俺はそんな識さんへと、返事と作戦開始の合図を兼ねて、一度だけ大きく頷く。


「じゃあ、取るから、皆しーで」


 識さんは唇に当てた人差し指を離すと、その指で画面に表示された応答のボタンに触れる。

 そしてそのままスピーカーモードにすると、皆がそうするように、スマホの尻の部分を持ち上げて、マイクを自分の口の方へと向ける。


 第一声は、純からだった。


『あ、もしもし、識さん? ごめん、電話出れなくて』


「あ、うん。別にいいし」


『で、なんだった? 林間学校のことだよね?』


「まあ、そうなんだけどさ……」


 さて、どうやって現在の居場所、温泉街の話題に持っていく?


「ところで、純って今、湯乃華温泉にいるよね? 群馬の」


 ……ちょ……直球やんけー……でも、いいのか? 意外といいのか?

 直球の方が、意外と嘘くさくなくていいのか?


『えっ? な――』


 明らかに動揺する。


 識さんは俺たちに小さくサムズアップをすると、純がなにかを言い出す前に、まくしたてる。


「いや、うちのクラスの友達が、偶然にも湯乃華温泉いっててさ、純の姿を見かけたらしいんだよね。これはチャンスだーって思ってさ」


『チャンス?』


「オ・ミ・ヤ・ゲ」


 無邪気な笑いを交えながらも、冗談っぽく言う。

 ただそれだけで、この場に広がったぴりぴりとした緊張感が、だいぶ和らいだように感じる。

 だからきっと、純も同じ気持ちなのだろう。

 スピーカーから聞こえる純の声が、お土産という言葉を出す前と出したあととで、随分と雰囲気が変わったように思う。もちろん友好的な雰囲気に。


『ああそういうこと。別にいいけど。食いもんでいい?』


 ――!?


 …………。


 反射的に、俺は識さんを、そして一華と上田さんを、向く。


 対する彼女たちも、驚いたような、どこか嬉しそうな感情を、顔ににじませる。


 純のこの発言をもってして、確定した。

 純は今、群馬にいると。

 群馬にある、湯乃華温泉にいると。


 それはつまり、ほぼ間違いなく、くるみの家出の手助けをしたということ。

 それはつまり、俺たちが行方を追っているくるみが、今現在そばにいるということ。


 あとは、三つの地域から一つに絞ることができれば、ミッション・コンプリートだ。


 さて……どうする?


「食べ物いいね! やっぱ甘い物がいいよね。湯乃華温泉ってなにが有名だっけ? カステラだっけ?」


『いや、なんかケーキみたいなのがあった気がする』


「それってカスタードが入ってるやつ?」


『ああ、多分それ。黄色い、丸い、なんとかの月とかいう』


「――あっ、思い出した。『湯沢の月』だ。ちーちゃんもうまいって言ってたし」


 識さんの言葉に、純がなにか肯定するような返事をしたと思う。

 でも俺は、湧き上がる興奮と、圧倒的な歓喜により、一時的に外界の刺激が麻痺してしまったのか、音とか光とか熱を、完全に失ってしまった。


 頭の中に広がるのは、真っ白な、本当に真っ白な、ただそれだけの空間。

 俺はそこに一人で立っていて、何度も何度もガッツポーズを繰り返す。

 そして最後に思いっきり叫ぶ。



「よっしゃあああああああああああああああー!!」



 と。


 どれぐらい時間がたったのだろうか。いやおそらくは一瞬だ。

 現実に意識が戻ってくると、今まさに電話を終えようとする識さんの姿があった。


「じゃあ明後日、持ってきてね。バスで食べよまい。多分一瞬でなくなるけど」


『おう。明後日、持ってくから』


「頼んだし。じゃあ、また」


 締めくくりの言葉を述べた識さんが、電話を切ろうと、画面に表示された赤いボタンへと指をやる。

 すると突然、すぐ隣に座っていた上田さんが、なにかに気づいたように顔を上げてから、がしっと識さんの手首をつかむ。


 ――え? なに?

 識さんが目で聞く。


 上田さんはそんな識さんへと、なにやら立てた人差し指を顔の横辺りでくるくる回して答える。


 普通に考えたら『巻で』みたいなジェスチャーに見えるが、識さんの手首をつかみ、電話を切るのをやめさせたことからも、違うのだろう。

 ならばその逆、『引き伸ばせ』ということになるのだろうが、一体なぜか……。


 迷っているのか、識さんがどうしようかと口ごもっていると、好都合にも純の方から話しかけてきた。


『あっ、ちょっと待って。一つ聞きたいんだけど』


「え? あ、うん。なんなん?」


『その俺を見たって友達だけど、まだこっちにいる感じ?』


「ええっと……どうだっけ……」


 なるほど。

 おそらく純は、心配をしているんだ。

 同じ学校の生徒であり、識さんの友達でもある『ちーちゃん』に、温泉街でばったり鉢合わせることを。


 純は、学校では名実ともにリア充だ。

 リア充であり、クラスカースト一軍に属する、高身長のスーパーイケメンだ。

 そんな純が、群馬の温泉街で、年下の女の子と一緒にいるところを見られたら、一体どうなるのだろうか。

 簡単だ。

 スキャンダルだ。

 新聞部は実質俺たち生徒会が押さえているので記事にすることはないが、古来より最も広大であり、圧倒的波及力を発する情報網、『噂』については、誰も止めることができない。

 もちろん今現在、湯乃華温泉に識さんの友達はいないので、今後学校でそのような噂が広がることは決してないが、事実を知らない純は、おそらくはこのように考えて、悶々と心を煩わせるはずだ。


 でももしも、もしも本当に湯乃華温泉に学校の知り合いがいて、くるみと純が一緒にいるところを見られたら、一体どんな感じで噂が広がるのだろうか……。


 俺は、想像してみた。


 目に浮かぶのは……教室にて、純が、ありもしないあれらこれらを、根掘り葉掘り詰問される光景――


「純、お前彼女できたのか?」

「どこの学校だ?」

「写真見せてくれよ!」

「二人で温泉旅行か?」

「混浴か!?」

「部屋風呂か!?」

「お触りしたのか!?」

「つかヤッたのか!?」

「体位は!?」

「声は!?」

「彼女の●●は!?」

「うおおおおおおお!!」


「「「「「どうなの!?」」」」」


 ――うっ、頭が……。


 つかそれって、ようはくるみとってことだよな。


 たとえ噂であったとしても、許せねえ!!


 そんな噂が流れるだけで、くるみが穢される思いだ! クソが!


 自分でも気づかないうちにストレスがメーターを振り切ったのか、俺は突然の吐き気にたえきれずに、近くにあったゴミ箱に嘔吐した。


 おえええええー……。


 ボタボタボタ。

遅ればせながらも、最近城ドラにハマりました。

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