第150話 手を出さなかったらホモ確定!?
「して、そろそろ話を進めるか」
紅茶を飲み干して、カップを盆の上に戻した上田さんが、まるで提案をするように、俺たちへとその青い瞳を向ける。
上田さんの言葉を聞いた一華は、話に参加するためにも、隠れていたソファのうしろから出てきて、皆からは一番遠い、俺の隣にちょこんと腰を下ろす。
「なにか案のある者はいるか。渡辺純にアプローチをして、怪しまれずに、居場所を聞き出す、そんな案が」
「だったら、私が」
小さく手を挙げた識さんが、どこか慎重な口調で提案をする。
「普通に電話すればよくない? そんで普通に聞く。『今どこにいるん?』って」
「電話はいいと思うけれど……」
ソファから上体を起こすと、俺は脚に肘をついて、識さんへと若干身を乗り出す。
「いきなり聞くと、怪しまれそうじゃない? 俺がくるみを捜していることが伝わったのかもって、そう予想されそうだし」
「であるな」
上田さんが俺の意見に同意する。
「識日和には夏木くるみの家出の件が伝わっていない、知らない……その立場が肝要なのだ。不用意な発言で、そのアドバンテージを棒に振るのは得策とは言えぬであろう」
「じゃあ、どうするん? 電話以外?」
「ふむ……」
腕を組み、顔を落とすと、上田さんはしばし黙考をする。
ほどなくして、顔を落としたそのままの格好で、言葉を漏らすように言う。
「……電話は、いい。であれば……あれか」
「あれって?」
「鎌をかけるのだよ。昼に我が夏木京矢にしたみたいに」
「昼? 京矢に?」
識さんの疑問に、俺が答える。
「昼に上田さんと二人で俺ご飯を食べに出かけただろ? そん時に俺、上田さんに鎌をかけられたんだよ。そんで言わなくてもいいことをべらべらと話しちゃった」
「言わなくてもいいことって?」
「そりゃー……あれとか、あれとか、あれとか」
あーと言い察すると、識さんが仕切り直すように手を打ち、次の提案を話し始める。
「純に鎌をかけるんなら、こんなんはどう? なんか理由をつけて、お土産を頼むの。旅行いってんならお土産頼むわー。そこ、どんなんが有名? みたいに」
「ほう。実に素晴らしい着眼点であるな」
とっさに顔を上げると、上田さんが感心したように二度頷く。
「観光地にはその観光地特有の土産というものがある。その特有の土産を上手く聞き出すことができれば、あるいは三つの温泉街から一つに、絞り込むことができるやもしれぬな」
「しかも……」
湧き上がる興奮を抑えつつも、俺がつけ足すように言う。
「今までの努力の成果として、俺たちにはある程度の情報がある。群馬県、温泉街、湯乃華温泉――これらを小出しにして、学校の知り合いが純のことを偶然見かけたとか言えば、本当にただお土産がほしいだけで電話をしてきたんだなあと強く思わせることができるし、さらに言えば、俺に頼まれて探りを入れてきているかもしれないという疑念を、払拭することだってできるかもしれない」
「決まりだな」
語気を強めて決定を下すと、上田さんはローテーブルの上でスリープ状態になっていたノートパソコンをエンターキーで叩き起こして、『湯乃華温泉』『西杉竹村』『土産』で、検索を始める。
上田さんのやろうとしていることを察した俺と一華は、上田さんが調べているのとは違う地域、つまりは『北湯沢村』『東下沼村』で、その温泉街特有の土産がないかを、各々のスマホで調べ始める。
答えは、すぐに出た。
「うむ。我の調べた西杉竹村の湯乃華温泉だが、ここ特有の土産として、『ゆのはなラスク』なる物があるみたいだぞ。これは西杉竹村にある湯乃華温泉特有で、他二つには見当たらない」
上田さんの次に、俺が結果を発表する。
「俺が調べたのは北湯沢村の方だけど、ここだと『湯沢の月』っていう、一口サイズのカスタードケーキがあるみたい。正直この手のお土産は結構どこでも見かけるけど、品名に湯沢って入っている時点で、北湯沢村特有の土産って言えるんじゃあないかな」
最後に一華が結果の報告を行う。
「わ、私は、ひがししももまっ――」
「あ、噛んだ」
「あっ、噛んだし」
「うむ。間違いなく噛んだのう」
いちいち俺たちが反応して、同時に指摘をしたものだから、一華は恥ずかしそうに頬を染めて、うるうると瞳を潤ませてしまう。
か、かわええ……。
なんだかお父さんになった気分だ。
――って、俺はおっさんかよ。
肩を撫でて、一華をなぐさめると、気を取り直したのか、再び一華が話し始める。
「ひ、東下沼村の温泉には……カステラ、あるみたい。『下沼カステラ』って、名前。他調べてみたけど、ここにしかない」
「出揃ったな」
上田さんが識さんへと顔を向ける。
「渡辺純の口から、『ゆのはなラスク』『湯沢の月』『下沼カステラ』の、そのどれかを引き出すことができれば、我々の勝ちだ。識日和よ、できそうか?」
「任せろし。クラスメイトが久しぶりに電話してきたみたいな雰囲気で、自然に引き出してやるし」
「うむ。もっとも、本当に渡辺純が夏木くるみと一緒にいるのかは、未だ不明だがな」
確かに。
そして俺の心中は複雑だ。
純がくるみと一緒にいれば、くるみにたどり着く可能性が出てくるが、同時にまさか手を出していないだろうなと腹が立ってくる。
反対に純がくるみと一緒にいなければ、くるみの純潔は保証されるが、くるみにたどり着くことができなくなる。
どっちかと言えば純潔がいいが、どうせ未来のどこかで純潔なんて消えてなくなるのだから、やっぱり今は経歴に傷を残さない、将来性を選ぶ方が懸命なのかもしれない。
なんというか、純がくるみに手を出す前提で話を進めているが……くるみは超かわいいからな!
兄の俺から見ても、超弩級の美少女だからな!
むしろ手を出さなかったら純はホモ確定だな!
「じゃあ、かけるよ」
俺たち一人ひとりに視線を送り、確認するように頷いてから、識さんは三組のグループラインから純の名前をタッチして、音声通話のボタンを押した。
「スピーカーにするから、皆……」
しーと言うように、『皆』に続けて立てた人差し指を自分の唇に当てる。
俺たちはそんな識さんに頷いて応えると、息を呑んで、電話がつながるのを今か今かと待った。
スマホのスピーカーから、タンタンタン・タンタンタン・タンタンタン・タタタ♪ と、呼び出し音のメロディが流れている。
それらの音は、どこか緊張感を持って、このクーラーの風に乾燥した室内に、ただただ無機質に響き渡っている。
まるで緊急地震速報のあの音を聞いているみたいだ。
音が終わり、また繰り返されるたびに、心臓がぎゅっと、嫉妬の魔女かなにかに握られるみたいだ。
夏木なだけに。