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第15話 幼馴染が引っ込み思案のオタクコミュ障になってしまったのは、全部俺のせいなんだ

「そんなに大したことじゃないんだけど、小学校の時、俺一華の姿に女装して、ある男子を振ったことがあるんだ」


「マジで? つか何でそんなことしたし?」


「いや、朝早くに登校したら、一華の下駄箱にラブレター入れてるのを見ちゃったから。……で、読んでみたら、放課後に校舎裏で待ってるって書いてあって」


「書いてあったから、小笠原さんに成りすまして、その子を振った。……全然理解できないんだけど」


「だって……そいつ近藤こんどうっていうんだけど、頭がよくて、かっこよくて、サッカークラブのエースで、しかも女子からも人気があって……」


「京矢、あんたそれって……」


 溜息をついた識さんが、ソファにもたれかかる。


「……まあいいや。でもそれだけが理由ってわけじゃないよね?」


 頷くと、俺は続ける。


「振り方がまずかったんだ。中途半端に振ると、また俺のいないところで告白に踏み切るかもしれない。そう思ったら、ちょっとやりすぎちゃって」


「やりすぎた?」


「ラブレターをびりびりに破って、顔面に投げつけた。そんでもって唾を吐きかけた」


 うわー……という顔をした後に、先を促すように首を傾げる。


「それで?」


「それからすぐに、近藤による一華へのいじめが始まった。近藤はクラスのリーダー的存在だったから、皆も一華のいじめに加担し始めるのに、そんなに時間はかからなかった」


「じゃあもしかして、小笠原さんが引きこもりのオタクになったのって……」


「そう。原因はそれ。全部俺のせいなんだ」


「なるほどね。だからあんなむちゃくちゃなお願いでも、素直に聞いたんだ」


「はい……」


「じゃあいつもそばにいて、せっせと小笠原さんのために尽くすのは、罪滅ぼしから?」


「はい。おっしゃる通りです」


 納得したように相槌を打つと、識さんはグラスを手に取り何度か揺らした。

 からんからんという氷の音が、沈黙したこの場に冷たく響いた。


「あのー……」


 慎重な面持ちで話しかける。


「もしかして、皆に話します?」


「話さない」


「では……一華には」


「話さない。つか話すわけにはいかないっしょ。話を聞く限りでは、小笠原さんは京矢を唯一の心の支えにしているっぽいし」


 ――よかった。

 なんだかどんどん弱みが増えていっている気がしないでもないが、とりあえず今まで通り現状を維持し続けることができそうだ。


 しかしそんな思いに疑問を呈するような言葉を、直後に識さんが吐いた。


「だけどさ、それって本当に小笠原さんのためになるのかなー」


「……え?」


「だってそうじゃん? 過去のことは仕方ないとしても、性格を直すことや友達を作ることって今後のためにも必要じゃん? 京矢のやっているお世話係は、小笠原さんの問題をどんどん先送りにしていってしまってる。違う?」


 違わない。

 どこかで分かっていた。

 でも見ないようにしていた。

 真摯に向き合うのが、怖かったから。


 俺は口を閉ざすと、その場にうつむいた。


「まあいいや。とりあえず今日の予定は全部終わったし、帰ろっか」


 ちょっと待てい!

 今度は俺の番だ。


 識さんが席から立ち上がったため、俺はとっさに彼女の袖をつかみ、もう一度座らせた。


「何?」


「実は俺も聞きたいことがあるんだ」


「聞きたいこと?」


「日和は先輩の恋を諦めさせるために偽の彼氏を作るんだって言ったけど、どうしてそんな回りくどいことをする必要があったの? 別に普通に振ればよくないか?」


「それは……」


「それは?」


「まあ、別に全然隠すようなことじゃないし、いいんだけどさ」


 居住まいを正すと、識さんは話し始めた。


「今私に付き合ってほしいって言ってきてる先輩、山田剛やまだたけしっていうんだけど、彼中学の時のバスケ部の先輩なんだよね。女バスと男バス、結構交流があって仲がよかったから、当時はよく休みの日とかに皆で遊びにいったりしててさ。その仲よしグループ、今も継続してるんだけど、私その場所が気に入ってるっていうか、好きっていうか……」


「つまり」


 頬杖をつくと、俺は話をまとめた。


「グループを崩壊させないためにも、先輩を無下にはできなかった。できれば仕方ないかと諦めてくれる、そんな波風を立てないだろう方法を取りたかった。でいい?」


「うん。そんな感じ」


 色恋沙汰でグループがビミョーな雰囲気になる、というのは聞いたことがある。

 ましてや付き合った後に破局を迎えようものなら、もうどちらかがグループから抜けるしか収拾がつかないだろう。


 今まで俺の周りではそういった浮いた話がほとんど話題に上がってこなかったため気にもしなかったが、まさかリア充グループ内の気の遣い合いがこんなにも面倒くさいものだったとは……。


 俺はやれやれと首を振ると、おもむろに言った。

 ねぎらいの言葉を。


「なんて言うか、日和も色々大変なんだな。お疲れさまです」


「いや、つかこれぐらい普通だし。京矢ってそんなに人間関係狭いん?」


 ふ、普通なんすね……。


 人間関係が狭いかどうかはさておき、俺は伝票を手に取ると席を立った。


「でも、そういう理由があるんなら、俺もできる限り協力させてもらうよ。えーとつまり、弱みを握られているからとかじゃなくて、自発的に、日和を助けたいっていう想いで」


「京矢、あんた何言ってんの?」


「え?」


 不敵な笑みを浮かべる識さん。


 俺はごくりと息を呑み込む。


「京矢は私の彼氏役なんだし、当然じゃん?」


 きらりと光ったハートのピアスが、なんだか妙に綺麗だった。

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