第148話 シスターコンプレックス
「でも、これで分かっただろ?」
どすんとソファに腰を下ろすと、俺は腕を組んでから、上田さんを見上げる。
「一華は俺のことをどうとも思っていない。むしろ嫌い」
俺の言葉に上田さんは、意味深長に目を閉じて、かすかに首を傾げる。
「だから上田さんの言うような、両思いはあり得ない」
「ふっ。おかしいな。直接聞いてしまった方が、もっと簡単だと思ったのだがな」
「簡単だっただろ? 答えはすぐに出た。それよりも識さん……」
話を元のレールに戻そう。そう思った俺は、さっさと話題をくるみ捜索へと切り替えるためにも、識さんへと顔を向けて質問をする。
「復讐っていうのは、どういうこと?」
「あ、うん。……だから」
気づいたように俺へと視線を送ると、一瞬考えてから答える。
「そのまま。多分純は、私らが思っている以上に京矢のことを恨んでる。だからその仕返しに、なんていうか京矢を困らせるために? 京矢の妹の家出の手伝いをした……みたいな」
「まあ話を聞く限りでは、十分に動機になり得るのではないか?」
聞きつつも俺の斜向かいに腰を下ろすと、上田さんは人肌ぐらいに冷めてしまった紅茶へと手を伸ばす。
「過去の真実が明らかになり、渡辺純の心の傷をさらにえぐったのがつい先日だ。タイミング的に言っても、冷静ならば絶対にしないだろう奇行へと渡辺純を至らせる可能性は、十分に考えられる。そして識日和の気がついたアカウント名とライングループでの沈黙……ふむ、やはり渡辺純が夏木くるみの家出に手を貸したとみて、ほぼ間違いないだろうな」
純が、くるみに手を貸した?
動機は俺への恨みで……くるみは俺の妹で……。
え? じゃあ……じゃあ…………。
不意に、暗い背景に、くるみと純が一緒にいる光景が脳裏によぎる。
くるみは、困っている時に助けてくれた恩を感じつつも、高身長であり、超イケメンである純のことを、どこか潤んだ瞳で見つめている。
純はというと、そんな華奢でかわいそうな女の子、くるみを、かすかに口元に笑みを浮かべながらも、優しげな目で見つめている。
――そう、まるで二人が互いを求め合うように……。
……ふっ――
「ふっざけんなあああー! あのロリコンやろうがあああ! 俺のかわいい妹に触るんじゃあねえええ!」
気がつけば俺は、悟空がオーラを爆発させる時にする、あの踏ん張るようなポーズを取り、叫んでいた。
「……ど、どうしたん? 急に大声を出して」
驚いた識さんが、俺から一歩二歩と距離を取る。
「さては逃避行をする二人の姿でも想像したな。それにしてもその発言、夏木京矢は本当にシスターコンプレックスなのだな」
シスコンじゃあねえ!
ただ家族として心配なだけだ!
いかんいかんと首を横に振ると、深呼吸をして一度心を落ち着ける。
「すまん。つい取り乱した」
「ああ。我は別に構わんよ。人生は感情の爆発だと、日々常々そう思っているからな」
「それで、純がくるみの家出に協力したとして、今一緒にいる可能性は?」
「高いだろうな。そう考える理由としては二つある」
紅茶で喉を潤すと、上田さんは脚を組んで、その組んだ脚の膝の上に、紅茶のカップを置く。
「一つは三日前……いや四日前か? まあどちらでもいい。ようは夏木くるみがツイッターで例のつぶやきをするとほぼ同時に渡辺純がラインから姿を消して、現在もなお現れていないというその事実」
「連絡を取り合い、忙しくなったから。そして今現在逃避行中で、ラインをしている暇がないから……そういうこと?」
頷いて肯定すると、上田さんが続ける。
「二つ目が、たかが中学の娘に、本格的な家出ができるのか? という、先ほど識日和が言ったあれだ。考えてもみろ。中学の女子が一人で宿の予約を取れるか? 取れないだろ。おそらくは渡辺純が、彼自身、あるいは成年者以上の同意を提出した上で、宿を取っている。そこに記載されるべき名前は、渡辺純のそれだ。であるならば、名前の本人である渡辺純が同伴しなければ、夏木くるみはチェックインすらできぬだろ」
ちくしょー……。くるみのそばに純がいるという予想が、いよいよもって現実味を帯びてきやがった。
「あいつ! くるみに手を出しやがったら、マジでぶっ殺してやる! 俺もまだ手を出したことがないっていうのに!!」
「落ち着け。言動がものすごくヤバイやつみたいになっているぞ」
「す、すまん……」
顔を落とすと、俺は今一度深呼吸をしてから、盆の上にのっていた紅茶を手に取り口へと運ぶ。
――手が、震えていた。
動揺に、手がかたかたと震えていた。
「心配なのは分かる」
L字になったソファの斜向かいから、上田さんが身を乗り出して、そんな俺を気遣うように、優しくそっと手を重ねる。
「上田さん……」
「夏木京矢はシスコンだからな」
……俺の感動を返せ。
「とはいえ、これはチャンスなのかもしれぬ」
「チャンス?」
「いや」と言い上田さんは自分自身を否定すると、代わりの言葉を探すように、目を落としたままの状態でソファへと背中を預ける。
「あるいは、災い転じて福となす……といったところか」
「なにが言いたいん?」
上田さんの隣に腰を下ろした識さんが、答えを求めるように上田さんの目をのぞき込む。
「リアルの知り合いである渡辺純は、現在夏木くるみと行動を共にしている。であるならば、渡辺純の現在の居場所が分かれば、夏木くるみの居場所も、自ずと分かるといった寸法だ」
「なる……」
口に手を当てる。考えるように、空間のどこか一点へと視線を固定させながらも。
「京矢の妹さんからの手がかりだと、正直これ以上の進展は望めない。でもまだなんのアプローチもしていない純なら、可能性が残されているかもしんない」