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第146話 復讐

「ほう。なかなか面白そうな話をしているではないか」


 深くて広大な意識の泉から、俺を現実に引き戻したのは、二階の自室から下りてきた、上田さんその人だった。


「ギルメンの最後の一人が、あるいはリアルの知り合いかもしれないとな。して、それは一体誰なのだ?」


 足音を立てずに識さんの前へと歩み寄った上田さんが、腕を組み、識さんを見下ろす。


 識さんはどこか迷うようにゲーム機の画面へと目を落としてから、おもむろに話し始める。


「これは私の勘なんだけど、そのピュアネスって人、多分純だよ」


 ――純?


 純ってあれだよな?

 渡辺純。

 俺と同じクラスの、高身長イケメンの、俺の親友……だったやつだよな。


「純?」


 人差し指をあごに当てて、考えるように顔を落とす上田さん。


「それってあれか? うちのクラスの、背の高い」


「そう。渡辺純」


「なぜそう思ったのだ? その理由を聞きたい」


「だって、アカウント名がピュアネスっしょ? ピュアって、日本語で純粋って意味じゃん? ピュア……純粋……純じゃん?」


 むむむむ…………それはちょっと…………。


 思わず失笑してしまいそうになったが、強く手を握りしめてこらえる。


「識日和よ、貴様、それを本気で言っているのか?」


「ほ、他にもあるし!」


 皆の呆れ果てた空気を感じ取ったのか、識さんが焦ったように、説明の続きを始める。


「例えば一ノ瀬さん! 一ノ瀬さんがミルク・ラビッツに入ったのは、一華のことが好きで、少しでも一緒にいたかったからっしょ? 純も同じ。あいつも一華のことが好き。超好き。振られちゃったけど、多分純はまだ引きずってる」


 純が一華のことを好きって、上田さんに暴露しちゃっていいんすかね? そんでもって振られたことも。

 まあ女装とか、兄のことをセックスしたいほどに愛しちゃってるやばい妹がいるという俺の秘密がばれるよりかは、全然ましだとは思うけれど。


「……だから、少しでも一華に近づきたくて、こっそり申請したとかは、あるんじゃねって」


「ふむ。しかしその論拠では、まだ弱いのう。それでは貴様の妄想だと言われても、言いわけができぬぞ」


「だったら」


 挑発めいた上田さんの言葉にムカチンときたのか、識さんは立ち上がるとポケットからスマホを取り出して、ラインを開いて上田さんへと突き出すようにかざす。


「それは?」


「それはって……見れば分かるっしょ?」


「分からぬが」


「え? 嘘……。西高一年三組の、ライングループだよ?」


「そんなグループは知らんぞ。なんといっても我は、誘われていないからな! はっはっは!」


「自信満々に言うな!」


 え? ちょっと待って。

 俺も知らないんだけど。

 そんなグループに、誘われていないんだけど。


 もしかして俺……はぶられてる!?


「い、一華。一華は一年三組のライングループに、入っているか?」


 床にぺたんと腰を下ろして、放心したようにゲームの画面へと視線を送る一華へと、俺は聞く。


「し……知らない。私……誘われてない」


 この時俺は、一華の言葉を聞き、失礼ながらも、心の底から安堵した。

 仲間ができたと。

 仲間がいてよかったと。


 ああ! なんて寂しい救済なのだろうか!


「あんたら……」


 俺と一華のやり取りを見た識さんが、ため息と共にやれやれと首を横に振る。


「せめて自分のクラスのライングループぐらい入っとかないと」


「というか識さんって六組だよね? なんで三組のグループに入っているんだ?」


「そりゃあまあ、誘われたから? 私、三組の人らとも超仲いいし」


 くうっ! こいつ、どれだけコミュニケーションお化けなんだようらやましい!


「して、そのライングループが一体どうしたというのだ」


「まあ、上田さんたちは見てないから分かんないと思うけど、ライングループにいる人たちって、大体三つに分かれるんだよね。一つは」


 天をさすように、人差し指を立てる。


「積極的に会話に入ってくる人。次に」


 中指を立ててピースの手にする。


「極たまに会話に入ってくる人。最後に」


 薬指を立てて三を示す。


「事務的な連絡以外、全く会話に入ってこない人。で純は、この三つの中の一番初め、積極的に会話に入ってくる人なんだよね」


「それが?」


 促すように俺が聞く。


「一学期の間はもちろんだけど、夏休みに入ってからも、純は誰かがメッセージを発信するたびに、絶対に反応してた。でも最近は、全く反応しなくなった。確かに気になったけど、人数が多いから埋もれると言えば埋もれるし、心のどこかで、まあ夏休みだし忙しいんしょって、そう思っていつの間にか忘れてた」


「ちなみにいつだ?」


 一歩踏み出して、顔の真横にきた識さんのスマホを、上田さんがちらりと横目で見る。


「渡辺純が、グループラインにて発言をしなくなったのは」


「最後の発言が……」


 確かめるように、識さんがスマホを操作する。


「四日前の二十六日の金曜日。時間は二十二時四十分」


「金曜日……それって」


 誰にではなく呟いた俺へと、識さんが頷く。


「京矢、あんたが妹さんとデートをして、告白された日」


 ちょ……ちょっと待て。

 識さんは一体なにが言いたいんだ?

 ギルドのアカウント名から純ではないかと予想したのはまあ分かる。

 じゃあ後半の話は一体なにが言いたいんだ?

 クラスのグループラインで純が発言をしなくなったこととくるみの家出、それがなにか関係があるって言うのか?

 くるみが家出を決意した日に純がグループラインで発言をしなくなった……そんなのはただの偶然だろ。

 偶然になんらかの意味を見出そうとするのは、ポジティブな陽キャラの、単なる悪癖だろ。


 困惑して、難しい顔をした俺の気持ちを察したのか、識さんが続きの言葉を口にする。


「ずっと思ってたんだよね。中学の、しかも女子が、一人で本格的な家出ができるのかって。しかも写真を見る限り、高速バスとかで、しっかり宿まで確保して」


「ええと……つまり?」


「つまり、協力者がいるんじゃないかってこと」


「協力者?」


「分かるっしょ? それが純じゃあないかってこと。一緒のギルドにいるんなら、もしかしたら個人的にメッセージのやり取りがあったかもしんないし、そうじゃなくっても、ツイッターでつながっていて、裏垢の、あの家出に至るツイートを読んだのかもしんない」


「でも……でも……」


 無意識にも現実を否定したくて、俺は『でも』という否定語を、ただただ連発する。


「でも、どうして? 純がそんなことをして、なんの得がある?」


「これはもっと私の勘なんだけど……復讐、とか?」


「復讐?」


 識さんの口から出たどこかおぞましい言葉に対して、上田さんが訝しげな表情を浮かべながらも聞く。


「渡辺純は夏木京矢のことを恨んでいるのか?」


「あっ……まあ」


「どうして恨んでいる? 夏木京矢が渡辺純に、なにかしたのか?」


「…………」


 答えていいのか分からずに、識さんが気まずそうに口を閉ざす。


 そんな識さんに助け舟を出すように、俺が識さんの代わりに上田さんに答える。


「ああ。この俺が、昔純に、やってはいけないことをした」


「聞かせてくれるな? 渡辺純が今回の件になんらかのかかわりがあるとすれば、正確な情報は必須だからな」


 頷くと、俺は小学の時にしでかしたラブレタービリビリ事件を、そして先日お台場で、全てが明るみになり、ぼこぼこに殴られたあの痛ましいできごとを、時系列で簡潔に、上田さんに話した。


 正直に言えば話したくなかった。

 もう忘れてしまいたかったし、今知られてしまっている人以外には、秘密を秘密のままにしておきたかった。

 でも同時に、まあいいかなと心のどこかで思った。いや思ってしまった。

 おそらくこれは心理学で言うところの『アンカリング効果』なのだろう。

 俺の妹は俺とセックスしたいほどに俺のことを愛しているというとんでもない秘密を、上田さんにはすでに知られてしまっている。だったらそれよりも大したことがないかもしれない小学の時にしでかしたあのことを、別に今さら上田さんに知られても構いはしないだろうといった、そんな具合に。


 話を聞き終えると上田さんは、予想外というか案の定、はっはっはと気持ちのいい笑い声を上げた。


「ええと……上田さん?」


「夏木京矢よ、貴様は本当に最低であるな!」


 べ、弁解の余地もございません。


「そして同時に最高だ!」


 なにが最高なのかは聞かないことにした。

 自分を楽しませてくれるからとか、多分そんな身勝手極まりない理由だと思うから。

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