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第145話 リア充の見地

「して、どうする?」


 次のピザへと手を伸ばしながらも、誰にではなく上田さんが聞く。


「今の作業を続けようと思えば続けることはできるが、果たして結果に結びつくかどうかは神のみぞ知るであるぞ」


 …………。


 誰も、答えない。

 誰も答えられない。


 閉口は沈黙を呼び、沈黙は必然的に上田さんへと対するネガティブな返答となる。


「うむ。くるところまできてしまったといった様相であるな。……ではどうだろうか。小一時間ほど、各々自由にアイデアを考えるというのは。本を読んでもいいし、ネットを見てもいい。なにもせずに仮眠をとってもいい。時間がきたら、一度膝を突き合わせて、意見交換を行う。その時にもしも次の策が出ないようであれば、今の作業をリミットまで続ける。我々に今できることは、もはやこれぐらいではなかろうか」


「まあ、それしかないっしょ」


 識さんが、上田さんの意見に同意。それからすぐに気だるそうに首を傾げて、聞く。


「それもあれ? 上田さんの方法論的な? 創作する際の」


「うむ。いかにも。アイデアがでない時、なぜかしらぬが興がのらぬ時は、仮眠を取ったりアニメを観たりしてすごす。するとつまずきがまるで嘘であったかのように消滅する時がある」


 重要ではないし、今は全くもって関係がないが、気になったので俺は聞いてみる。


「仮眠を取ったりアニメを観たりしてすごしても、それでも上手くいかない時ってあったりするの? その時はどうする?」


「もちろんある。というか、気晴らしをしたからといってその後に上手くいくことの方が断然に少ない。そんな時はもうなにもしない。二日三日なにもしなくて戻る時もあれば、一ヶ月以上戻らない時もある。でもそんなもの構うものか。他の、好きなことをしてすごすさ。今の我には、それが許されるからな」


「なるほど」


 今の俺には、それが許されない。

 二、三日なにもしなかったら、もう全てが、後の祭りになってしまうから。

 だからこそ、先ほど上田さんは、『運』という言葉を強調して使ったのかもしれない。


 ……運。


 確かにそうだ。

 今の俺には運が必要だ。


 もしかしたら運というものは、なににもおいて、人生で重要なものなのかもしれない。


 おそらくは皆が思っている以上に、本当に……。


 九時にリビングに集合ということで、ひとまずこの場は解散となった。


 上田さんは午前に山崎さんが持ってきた漫画のシナリオを見直すために、一人で二階の自室へと向かった。

 識さんはリビングのソファにごろんと寝そべり、先ほどから何度か鳴っていたスマホを手に取ると、いじり始めた。

 一華は昨日今日の分を取り戻したいということで、鞄からゲームの端末を取り出して、ぽちぽちとドラペをやり始めた。

 俺はと言うと、特にやることもなかったし、今はなんとなくいいアイデアが浮かびそうもなかったので、上田さんの言葉に甘えて、気晴らしに時間を当てることにした。


 とはいえ、一体なにをしようか……。


 識さんにならい、俺もポケットからスマホを取り出すが、特に誰からも連絡はきていない。


 では一体どうしようか。


 やることもなかったし、別段やりたいことも思い浮かばなかったので、俺はピザの箱の上にからになったコーラの缶をのせると、とにかく後片付けをしようと、キッチンへと向かった。


 ごみを片付けて、お茶のピッチャー、ならびにグラス等を洗い、ついでに水回りの整理整頓をすると、俺は人数分の紅茶を淹れて、リビングへと戻った。


 ドアを開けてリビングに入ると、そこには肩を寄せる一華と識さんの姿があった。

 ……といっても、識さんが一方的に肩を寄せているのであって、一華は明らかに気まずそうではあるのだが。


「……ええと、識さん。一体なにをしているの?」


「は? なにが?」


「もしかして、目覚めたの?」


「目覚めたって?」


「だから、一ノ瀬さんみたいに」


「――ちっ、違うっつの!」


 意識をしてしまったのか、俺の言葉に識さんが一華から離れる。

 そして俺から顔をそらして腕を組むと、若干強い口調で言う。


「ドラペってどんなゲームなのかなーって気になっただけ。そんでちょっと教えてもらってたの」


「そうなんだ。で、やりたくなった?」


「いや。全然」


 素で言う。

 マジで興味がないし、今後一切興味を持てないというのが、一瞬で伝わるぐらいの、そんな声音で。


「でも」


「でも?」


「ギルドは、ちょっとおもしろいよね」


「というと?」


「なんていうか、SNSみたいじゃん? しかもハンドルネームで相手の顔も分からない、どっちかっていうとツイッターみたいな感じなのに、なぜかそれよりも関係が深いっていうか」


「や、やり取りが少なくても……」


 識さんの感想に、一華が補足を加える。


「お互いがお互いを気にしているっていうか……そんなのを感じる……気がする」


「へえ。ゲームのギルドって、そんな感じなんだ」


 俺が一番興味深かったのは、識さんが、ゲームのグラフィックでもなくて、システムでもなくて、シナリオでもなくて、おまけみたいなギルドに、興味を持ったことだけれどね。


 やっぱりリア充だよな。

 オタクコンテンツでも、結局目がいくのは、人と人とをつなぐツール部分なんだから。


「でさ、一華の入ってるギルド……ええと」


「ミルクラビッツ……だよな?」


 識さんが言葉に詰まったので、俺が確認するように一華に聞く。


「うん。そう。ミルクラビッツ。なっつんが作ってくれた」


「そうそうミルクラビッツ。これってメンバーが四人いるじゃん?」


「おう。確かなっつんがくるみで……」


 他がうろ覚えだったので、俺はテーブルの上に紅茶ののった盆を置いてから、ゲーム機の画面をのぞき込む。


「ハナが一華、サリアーが一ノ瀬さん、そんで最後の一人のピュアネスってのが、正体不明の女の子、だったか?」


「女の子かどうかは知らない。正体不明」


 一華が俺の勘違いを正す。


「あれ? そうだっけ? まあ正体不明の新人さんってことで。それがどうした?」


「なんつーか、これ見ててふと思ったんだけどさ、四人中三人が知り合いじゃん?」


「ああ、まあ」


「しかもかなり近い感じの」


 一体識さんはなにが言いたいんだ?


 言いたいことが分からなかったし、瞬時に予想することもできなかったので、俺は訝しげな表情を浮かべつつも、聞く。


「つまり、なにが言いたいの?」


「だから、もしかしたら、この四人目の人も、リアルの知り合いなんじゃねって」


 リアルの知り合い?

 そんなわけあるか。

 そんな偶然…………。


 否定の感情が徐々に薄れてゆき、やがてはなんとも形容しがたい焦燥感に変わった。


 腹の底には不安が実態化したような黒い靄のようなものが、重く、どこまでも重く、俺の身体を内側から圧迫している。

 予感というか、肥大化した意識が視界をかすませるのか、目の前の光景に、よく分からない光の柄のようなものが、混じったり混じらなかったりを繰り返す。


 つーっと、脇の下に冷たい汗が伝った。

 自分の心音しか聞こえない俺は、ほぼ無意識に、脇を締めることにより、汗が腕まで伝い落ちることをなんとか防いだ。



 ――俺は……なにか勘違いをしていたのかもしれない……。



 真っ白の心に、まるで墨でなぐり書きをしたような言葉が、揺れ動きながらも浮かんでくる。



 ――俺は……とても大切なことを、見落としていたのかもしれない……。

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