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第143話 夏の大三角

 三人が立ち去り、リビングに戻ると、先ほど細谷が言った、『群馬県温泉リスト』を作るためにも、さっそく俺はローテーブルの上にのったノートパソコンへと向かい合った。


 初めは、『群馬 温泉』とかで検索をかけて、出てきた名前を一つひとつコピーして、エクセルかなにかに貼り付けて、リストを作ろうかとも思ったが、検索をかけ始めて早々に、群馬県の公式ページにて、都合よく温泉一覧のファイルがあるのを見つけたので、それをそのまま人数分出力して、作業用のリストにすることにした。


 やり方は極めて単純だ。

 リストにある温泉名の初めの部分を潰して、看板のヘッドラインにある初めの文字と照合してゆく。ただそれだけだ。

 照合が終わったら、チェック済みの証として、線を引いて消してゆけばいい。

 しゅっと、なんかこうクールに、かっこよく。


 誰がどこを担当するかについては、そもそもリストが泉質で分類されていたので、そのまま泉質ごとに担当を振り分けることにした。

 一華が炭酸水素塩泉・硫酸塩泉、

 識さんが単純温泉・二酸化炭素泉・硫黄泉、

 上田さんが酸性泉・その他、

 そしてこの俺が、一番数の多い、塩化物泉だ。


「数は、全部で大体百個ぐらいか」


 リストを見つめながらも、上田さんが言う。

 温泉名はA4のコピー用紙一枚になんとか収まっている。


「単純計算で一人二十五個……いや、こう見ると塩化物泉が若干多いか。確か、塩化物泉は火傷とか傷の治療、その他の疾病に効果が高いとどこかで耳にしたことがある。もしかしたら夏木京矢の担当する塩化物泉のところに、答えがあるやもしれぬな」


 文字を潰して看板の文字と照合する、通称『TMS作戦』は、それから三十分ほどで終了した。


 大体一文字一分少々といったところだろうか。

 やり始めた頃は一文字照合するのにああでもないこうでもないといちいち引っかかっていたので五分以上の時間を要したが、今や手慣れたものだ。

 もはやプロのレベルといっても過言じゃあないね。

 実生活で使えないし、全然嬉しくはないけれども。


「して、結果はどうであったのだ?」


 上田さんがリストを放り投げながらも聞く。

 リストは外れた万馬券のように、ひらひらと空を漂ってから、ぱさりと音を立てて床に落ちる。


「我は全滅だ。故に、酸性泉・その他には、答えがないと明らかになった」


「こっちもだめ」


 識さんも、リストをテーブルの上に放る。


「見事に全滅だね。京矢の方はどう?」


 聞かれたので、俺は一度リストへと目を落としてから、識さんへと渡した。


 識さんは受け取ると、目だけを動かして、上から下へとリストを見た。


「あっ。これって……」


 横線を引かなかった温泉は……確かにあった。あったが、ただしそれは一つではない。


 二つだ。


 この『二つ』というのが、一体どういった事態を引き起こすのか、言葉にするまでもなく、なんとなく分かった。なんとなく分かったし、この後どんな問題が発生するのかも、イメージとして想像することができた。


 識さんが、まるでそんな俺の思いを代言するかのごとく、言葉を継ぐ。


「温泉名は、『湯乃華温泉』。ただし、二つある。しかも二つの温泉は、温泉名がたまたま同じなだけで、場所は全く違う所」


「場所が違う? 間違いないのか?」


 パソコンの前へと移動した上田さんが、グーグルマップを起動して、『湯乃華温泉』で検索をかける。

 そして検索結果を何度かクリックして内容を確認してから、顔を上げて識さんを見る。


「……うむ。温泉があるのは、北湯沢村と西杉竹村で間違いないな」


「うん。そう」


「これはなんというか……厄介だな」


「厄介?」


 俺は聞く。

 分かってはいたが、現実逃避として。


「一方が最北で、もう一方が最西なのだ。距離にすると大体五十キロぐらいだ。つまり、とにかくその場所に足を運んで、温泉街一帯をしらみ潰しに捜しまくるということができなくなる。時間的に、おそらくは難しいだろうから」


「あ……あのう……」


 小さく手を挙げた一華が、おずおずといった様子でリストをテーブルの上に置く。


 別に一華の存在を忘れていたというわけではない。

 もう温泉名にたどり着いたのだから、聞く必要がないと、そう判断しただけだ。


「一華。どうした? ……まさか…………」


 俺の言葉に、一華がこくりと頷く。

 その返事は、今の俺たちにとっては、状況をさらに悪化させるものでしかなかった。


「う……うん。あった。私のリストにも……湯乃華温泉」


「場所は? 一つか?」


「うん。一つ。場所は、東下沼村」


 かたかたとキーボードを叩いて、上田さんが検索をする。


 答えは、すぐに出る。


「……うむ。これは神のいたずらかなにかか?」


「まさか……」


 俺はごくりと喉を鳴らす。


「それも、遠いのか?」


「うむ。その通りだ。最東だ。北の北湯沢村からは三十キロ、西の西杉竹村からは八十キロほど離れている。二つでも難しいのに、三つとなるともはや不可能といっても過言ではないな。ましてや我々は免許も車もないしがない高校生だ。バスが一日に何本あるか分からないような田舎を、どうやって効率よく移動できようか。できるはずがない」


 くそう……ようやくゴールが見えてきたかと思ったのに、ここにきて大きな壁にぶち当たってしまった。


 ぎりりと歯を噛みしめると、俺はパソコンに表示された群馬県の地図へと、睨むように視線を送る。


 距離の測定の機能を使ったのだろう。

 画面の地図上には、西杉竹村から北湯沢村、北湯沢村から東下沼村の三点を結ぶ、目盛りのついた直線が、『へ』の字となって表示されている。

 それぞれの場所はまるでデネブ、アルタイル、ベガのように、地上に夏の大三角を描いている。


 物理的な距離は埋められない。

 だったら、俺たちが今するべきなのは……。


「やっぱり、なんとかして、この三つの中から一つを特定するしかないか」


「でも、どうやってやるん?」


 識さんの質問に、俺は数瞬黙考してから答える。


「例えば、グーグルマップのストリートビューを使って、くるみがアップしたあの駐車場の場所を捜すとか。確かに時間はかかるけれど、場所が三つに絞られたわけだし、できないことはないかなと」


「うむ。それはいい案だな。では私が受け持とうぞ」


 言うと同時に上田さんが作業に入る。

 一応こちらへと、聞き耳を立てながらも。


「他は?」


 識さんが続きを促す。


「うーん……もっと大勢の人の力を借りる……とか?」


「どういうこと?」


「だから、例えば、駐車場の写真をネットの掲示板とかに貼って、『ここどこか分かる人いる?』みたいに聞いてみるとか」


「それ……やる」


 俺の服の袖をくいくいしながらも、一華が名乗り出る。


「私が、やる」


「おう。じゃあ一華、頼んだぞ」


「あとは?」


「今思い浮かぶのは、これぐらいかな」


「温泉街にある旅館とかホテルに直接電話するってのはどう?」


「多分、無理じゃあないかな。個人情報の保護とか、なんかそういうのがあるだろうし」


「未成年の女の子が家出をしてって、焦った感じで理由を説明すれば、もしかしたら教えてくれるかもしんないじゃん」


「そうかもしれないけれど……希望薄だと思う」


「希望薄ってことは、希望がゼロってわけじゃあないんだよね?」


「あ、ああ……まあ」


「じゃあ決まりだね」


 快活にもサムズアップをすると、スマホを取り出す。


「片っ端からかけていくから。可能性が少しでもあるんなら、私はやるよ」


「識さん……」


 ああ……なんて頼もしいんだ!

 例えば会社で上司に罵声を浴びせられて、落ち込んで家に帰っても、識さんがいれば何度でも立ち上がれそうだ。

 将来識さんの旦那になる人は、本当に幸せ者だぞこんちくしょー!


 残された俺は、看板のヘッドラインの下、本文よりもさらに下、ようは一番下の文末部分を、解読することにした。

 というのも、観光地にあるこういった類の看板には、大抵一番下に、その土地の住所か、●●町観光課のように、なにか場所につながる情報が書かれていることが多いと、そう思ったからだ。


 今やれることは、おそらくはこれで全部だろう。

 これらをやってなにも成果が上がらなかったなら……俺は……くるみを…………。


 ネガティブな思いを、俺は言葉にすることなく、ぐっと飲み込んだ。

※作中に出てくる地名は全て架空のものです。

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