第14話 臨場感を出すためにも、俺はファミレスの真ん中で、偽の彼女へと、盛大に愛を叫ぶ
ファミリーレストランに到着すると、俺たちは窓際のテーブル席に腰を下ろし、やってきた店員に注文を伝えた。
注文の品が運ばれ店員が下がったところで、俺は鞄からノートとペンを取り出し、さっそく口を開いた。
いよいよ本日の本題、口裏合わせの時間である。
「じゃあ決めていこうか。俺たちの出会いから、その後の色々までを」
「そうだね。まずはやっぱり出会いだけど……」
ストローを手に取ると、グラスに突っ込み氷をつんつんする。
「京矢が一目惚れして、私にナンパしたでいいね」
「ちょっ! それじゃあ俺、ただのチャラ男じゃね!?」
説得力がないということで即却下。
代案を考える。
「まあ、俺が日和の生徒手帳を拾って、それを届けてからちょこちょこ話すようになって……みたいな感じでいんじゃない?」
「ん、じゃあそれで」
かりかりとノートに書き込む。
次は……。
「告白か。どっちからどういう風ににする?」
「どっちからどういう風にって、そんなの京矢から私にこくったに決まってんじゃん」
決まってるんですね。
そうですね、はい。
男とは、かくも悲しき生き物かな――
「告白の言葉はどうする?」
「告白したのは京矢って設定なんだから、京矢が考えてくれないと」
まあ、そうだよな。
俺はひとしきり考えてから、一番スタンダードな文句を口にした。
「識さん、初めて話したあの日から、ずっと好きでした。もしよければ付き合ってください」
「だめ」
は? だめ?
どういうことだ?
もしかして今、俺振られたのか?
俺の気持ちを察したのか、識さんが呆れたような表情で言う。
「何勘違いしてんの? そんなんじゃ臨場感がないから、友達に聞かれた時に上手く話せないって言ってんの。もっと場面をイメージして、気持ちを込めて。はいっ!」
急かされたため、俺は言われるがままもう一度口にする。
「識さん、初めて話したあの日から、ずっと好きでした。もしよければ付き合ってください」
「あんまり変わってない。もっと声を大きく。はいっ!」
面倒くさくなってきたぞ。
もうやけくそだ!
俺は声を荒らげた。
「識さん! 初めて話したあの日から、ずっとずっと好きでした! もしよければ付き合ってください!! 大好きだあああー!!」
店内に反響する俺の声。
ざわつく周囲の客たち。
いかん……思いの外声が大きくなってしまった。
俺は恥ずかしくなり顔を伏せた。
対する識さんはというと、にやにやしながら俺の顔を見ている。
からかっているのは、誰の目にも明らかだ。
仕切り直すためにも、俺は早々に次の話題を持ち出した。
「えーと、じゃあ次は、お互いの誕生日とか、好きな食べ物とか、なんかそういうこまごまとした部分かな」
「先週の金曜日」
唐突に言った。
思わず俺は聞き返す。
「え? 何が?」
「付き合い始めた日。つかそれぐらい分かってよ。記念日とか、重要っしょ」
「記念日ってそんなに重要なの? ごめん、俺付き合ったことないから分かんなかった。さすがは日和、今まで付き合ってきた数が違うね」
「――ちっ」
耳を赤くし、若干焦ったような顔をする。
「つ、つかそれぐらい付き合ったことなくても分かるっしょ。想像で! もうっ」
「お、おう……」
何だったんだ? 今の。
……まあ、いいか。
その後も俺と識さんは、互いに話し合い、時に質疑応答をし、設定を詰めていった。
数十分後、ぎっしり埋まったノートのページに目を落としながら、俺は溜息をついた。
なんて不毛な作業なのだろう。
弱みを握られているからとはいえ、虚しすぎる……。
さっさと帰って平穏な日常に戻ろう。
俺はノートとペンを鞄にしまうと、顔を上げ言った。
「さあ、帰るか。口裏合わせも終わったことだし」
「ちょっと待ってよ」
すると識さんが、立ち上がった俺の服の袖をつかみ、もう一度座らせた。
「設定作りとは別に、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと? 何?」
「身体測定のあの日……」
う……ここで蒸し返すか。
げんなりした顔で俺は頷く。
「小笠原さんに女装した理由は聞いたんだけどさ、じゃあどうしてそもそもそんなお願いを聞いたの?」
「というと?」
「だって普通、どんな理由であれ、知り合いの女の子に女装なんてしないよね?」
「そ、それは……」
どきりとした。
それを説明するには、昔――そう俺が小学校五年生だった時にしでかしてしまった、とある出来事を説明するしかなくなる。
でも……あれだけは……絶対に……。
「京矢」
ぐっと身を乗り出した識さんが、両手で俺の頬を左右から挟む。
「何隠してんの? 表情見れば、分かるし」
「い、いや……」
「保健室で撮った写真」
手に持ったスマホをちらちらさせる。
「ばらされたくないよね?」
「っ…………」
話さなければ、女装し女子身体測定に侵入したことをばらされてしまう。
話したならば、どうなるかは識さんの裁量次第。
――だったら、可能性の残る後者にかけるのが最善だろう。
心を決めた俺は、識さんに全てを話すことにした。




