第139話 世界で一番つまらない答え
タブレット端末二台と、倉庫にあった古いノートパソコンを持ってくると、まずはタブレットの方から、細谷が作業できるかの確認をしてゆく。
「うん。全然いける。ていうかパソコンに慣れていない人だったなら、こっちの方がやりやすいかも」
ということで、タブレットに関しては、パソコンにそこまで慣れていない、識さんと一ノ瀬さんに割り当てられることになる。
「ノーパソの方はどう? 電源生きてる?」
タブレットの設定をしながらも、細谷が上田さんへと聞く。
「うむ。コンセントに挿しっぱなしにすれば、問題なく使える」
「じゃあ僕はそのノーパソを使わせてもらうよ。それで上田さんはテーブルの上のプライベートパソコン、小笠原さんが隣の部屋のデスクトップで、寝室のデスクトップが山崎先輩でいいね」
「うむ。承知だ」
「う、うん……分かった(ぞいのポーズ)」
「はいなのです」
各々が同意の返事をしたところで、はたと気づく。
あれ? 俺の仕事は? 俺の居場所は? と。
「あ、あのー……俺はー……一体ー……」
小さく手を挙げながらも、誰にではなく聞く。
答えたのは、なんとなくこのTMS作戦を仕切ることになった、細谷その人だった。
「夏木は……パ、雑用とか?」
こいつ……今パシリって言おうとしなかったか?
まあ雑用も、似たようなものだけれど。
すると一ノ瀬さんが、まるで俺へと助け舟を出すように言う。
「この類の作業だと、多分雑用は不要なのではないかしら。間違いなく手持ち無沙汰になって、スマホでくだらないソシャゲを始めるか、一人でのうのうと惰眠を貪り始めるか、そんな感じになると思うわ」
その可能性は、否定できねえ。
特に後者。
「よって、夏木くんには、私の右腕として、タブレットの作業の補佐をしてもらうことにするわ」
作業の補佐か。
まあそれなら雑用っぽさもないし、なによりいらない人感が消えるから、心が傷つかずに済むな。
「分かった。じゃあ俺は一ノ瀬さんの……」
「ちょっと待つのです!」
声を上げて、俺の言動を遮ったのは、一人二階を割り当てられた山崎さんだ。
「夏木くんは、ボクと一緒に作業をするのです。二階に一人は寂しいので、是非ともお願いしたいのです」
「だったら」
三人目が参戦する。
セーラー服に身を包む、スクールカースト一軍に属する、識さんが。
「私の手伝いをしてほしいんだけど。正直さっきの細谷の説明だけじゃあ、ちょっと不安だし」
「だ……だめ」
四人目……一華が参戦。
その理由は――
「京矢は私を手伝う。だってだって……京矢は私のものだから……」
だからお前のものじゃねえ!
つか俺は誰のものでもねえ!
「うむ。であるならば」
五人目。
まさか上田さんまでもが名乗りを上げてくるとは……。
「我を手伝うのだ。お願いはあと二つある。ここで使ってもよいのだぞ?」
「いやいやちょっと待って」
六人目……って、六人目!?
女子はもういないはずだぞ。
ということは細谷か?
男である細谷、お前もなのか!?
そんな展開いらない!
アッー!
「リア充爆発しろよ」
ただの悪口でしたさーせん。
その後も女子たちは、俺が誰を手伝うかについて、喧々囂々と、ただただ己の感情をぶつけ合った。
そして最後に、皆が一斉に俺を振り返り、口を揃えて、聞いた。
「い、「「「「一体誰を選ぶ?」の?」のかしら?」のですか?」のだ?」
「え……ええと……」
「だ……「「「「誰?」!?」なの!?」なのですか!?」なのだ!?」
「そ、それは……」
身を乗り出して、顔を近づける女子たち。
目をそらして、ぽりぽりと頬をかく俺氏。
誰かを選ばないことには――いや、なんらかの答えを出さないことには、この場を収拾することは叶わないだろう。
だったら……だったら俺は……。
意を決して、俺は口を開く。
おもむろに、されども明瞭な声音で。
「ほ、細谷……細谷だ。俺は細谷と作業をするぞ!」
刹那、まるで水を打ったようにこの場がしんとなる。
よく見ると、女子たちの目から、光が消えているようにも見える。
……あれ?
俺、なにか間違っちゃいました?
「京矢ー……」
小さく首を横に振った識さんが、がっかりした様子で言う。
「あんた、マジでヘタレだわ」
……うう。
次に一華が言う。
「京矢なんか……もうしらない!」
……ううう。
続いて一ノ瀬さん。
「判断を誤るような人間は、生徒会に必要がないかしら」
……ひどい。
山崎さん。
「がっかりなのです。世界で一番つまらない答えなのです」
……死ねってことっすか?
そして最後に上田閣下。
「夏木京矢よ……」
「は、はひっ!」
思わず声がひっくり返る。
一体全体なにを言われるんだ?
リアルでも、やっぱり精神攻撃は基本なのか??
びくびくしながらも、俺は上田さんの次の発言を待つ。
「我は貴様を肯定するぞ」
「へ?」
「でも次は、我を選んでくれると……嬉しいかな」
素敵な、しかしながらどこか哀愁を帯びた微笑み……。
「「「「――なっ!?」」」」
上田さんの、皆とは正反対の発言に、女子たちが上田さんへとくわっと顔を向ける。
上田さんはというと、にいっと口元に笑みを浮かべて、そんな女子たちを一瞥する。
そうか……上田さんは実は優しいんだ。
こんな人がお嫁さんだったなら、きっと人生が豊かになるんだろうなあ。
将来の旦那さん、実にうらやましい……!
俺は上田さんの優しさ(?)を素直に受け取り心の中で感謝を述べると、ゆっくりと席を立ち、細谷を誘いキッチンの方へと移動した。