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第138話 TMS作戦

「疑問が解消されたみたいだし、じゃあそろそろ始めよっか」


 組んだ手を裏返して、前にぐっと伸びをした識さんが、皆に語りかけるように言った。


 動きにくかったのだろう。現在識さんは、純白のウエディングドレスを脱ぎ捨てて、セーラー服に身を包んでいる。

 昨夜、上田さんがイラストを書くために、一華と一ノ瀬さんに着せた、あのセーラー服だ。

 丈が長いので腰の辺りで裾を結んでいるのだが、少々短すぎるのか、時折かわいらしいおへそが、ちらちらと垣間見えてしまっている。


 へそなんて、別に海とかプールとかにいけばいくらでも見えるのだが、本来見えない場所で見えるというのが、感情を刺激するのだろう。

 正直、視線が引き寄せられて仕方がない。


 そんな俺の視線に気づいた識さんが、ははーんといった表情を浮かべて、俺を冷やかしにかかってくる。


「あっ、京矢今見てたっしょ」


「え? ん? な、ななな、なにが?」


「私のここ」


 指先でセーラー服の裾をつまみ、ひらひらさせる。


「見てたっしょ」


「み、見てないよ?」


「ほんとに~?」


「う、うん。見てないよ?」


「じゃあ、見せてあげよっか?」


 前かがみになった識さんが、間に座る上田さん越しに俺を見る。


 上田さんがいなかったら、もっと接近されていて、超気まずかったことだろう。


 上田シールド……マジで感謝。


「見せるって……なにを?」


「そりゃー決まってるじゃん。私の、ア・ソ・コ」


 おへそって言えよ。

 なんだよアソコって……。


「いつまで発情していやがるのですか?」


 エスカレートしてきた識さんに対して、半眼の山崎さんが、嫌味ったらしく口を開く。

 その声音は、どこまでも低くて、相手を心底ばかにしている。


「日和は痴女なのですか?」


「ああ?」


「それとも淫乱なのですか?」


「鈴、あんた言い方ってもんがあるっしょ」


「ボクは本当のことを言ったまでなのです。むしろ感謝してほしいのです。言いにくいことを、嫌われるのを承知で、正面切ってぶつけてやったのですから」


「余計なお世話だっつーの! だったら言わせてもらうけど――」


 うわあ……また始まったよ。

 誰か止めろよ。

 つーかこの二人、マジで仲が悪いんだな……。


「はっはっはっは」


 声高に笑い声を上げたのは、やっぱりこの人上田さんだった。


 上田さんの笑い声に、がるると牙をむき出しにする識さんと山崎さんが同時に顔を向ける。


「識日和、山崎鈴、二人は本当に仲がいいのだな」


「な、仲がいい? 日和とこのボクが?」


 目を皿にした山崎さんが、若干身を乗り出すようにして言う。


「しおんさんは、目が腐ったのですか?」


「なに、古来より人は、喧嘩するほど仲がいいと言うではないか。そもそも多少なりとも関係が深まらないと、喧嘩すらしないわけだから、あながち間違いではなかろうに」


「間違いっしょ!」「間違いなのです!」


 識さんと山崎さんが同時に叫ぶ。


「うむ。息もぴったりだ」


「「これはっ――!」」


 今度は完全に重なる。


 偶然なのか上田さんの誘導なのか、文字通り『ぴったり』だったので、その後に二人は、どこか気まずい雰囲気を醸し出しつつも、口を閉ざした。


「ではさっそく作業に取りかかるが……」


 音頭を取った上田さんが、投げかけるように細谷へと視線を送る。


「残された手がかりは、ようやく開けた鍵アカ内にあった、写真一つになってしまった。よってこれからは、昼前に細谷翔平が提案した、『潰れた文字の照合作戦』を行うことにする」


 詳細を頼むとでも言うように、細谷へと手を向ける。


 バトンを受け取った細谷は、「ああ」と言い頷いてから、ローテーブルの上にのったノートパソコンを操作して、これから行う作業、『潰れた文字の照合作戦』――略称『TMS作戦』の詳細について、皆へと説明を始める。


「念のためにもう一度軽く説明するけど、これは写真内にある潰れて読めない文字を特定するために、潰れていない文字をわざと潰して、写真内にある潰れて読めない文字……というか柄と、同じ柄を探す作業って感じ」


「ええ。分かっているわ」


 細谷へと視線を送っていた一ノ瀬さんが、催促するようにパソコンの画面へと顔を向ける。


「それで、私たちはどうやって作業を進めていけばいいのかしら」


「作業はとても簡単だよ。まずは文化庁の常用漢字一覧を開く」


 サイトにアクセスして、常用漢字一覧を開く。

 するとあいうえお順に並んだ、PDFファイルが表示される。


「次に漢字をコピーして、画像編集ソフトに貼り付ける」


 デスクトップにある画像編集のソフトを開いて、『A』と書かれた文字入れのボタンを押してから、先ほどコピーした漢字を貼り付ける。


「これで『亜』という文字が、画像になった。アウトラインを取ったとも言えるかな。そしたらこれを……そうだな、15ピクセルでリサイズして、続けざまに今度は700ピクセルでリサイズする。そうすると……」


 文字が潰れた。

 より正確な言い方をしたならば、700×700ピクセルの、ぼやんと滲んだ柄のような画像が、表示された。


「おお……潰れた」


 思わず俺は口にする。


「ぼやんとしているけれど、確かに『亜』って分かるな」


「分かるのは、『亜』の文字を認識してから、それを潰したから。元の漢字を知らずにこの画像を見たら、多分すぐには『亜』と、答えが出てこないと思う」


 ……確かに。

 人は皆が思っている以上に先入観に囚われる生き物だ。

 自分のことを言っているようであまり例に出したくはないが、女装がいい例だ。

 例えば目の前にかわいく女装をした男がいたとして、あらかじめ女装をした男であると情報が与えられていた場合は、見た人はその者が男にしか見えなくなる。

 おそらくはドヤ顔でこう言うだろう。「やっぱり男の女装は分かるよな。どう見ても男にしか見えんしwww」と。

 しかしなにも情報が与えられていなかった場合は、大抵の人は本当の性別に気づかない。

「やっべ。かわええ。マジでヤリてえわ」とか、お猿さんよろしく低能な発言だって、あるいはしてしまうかもしれない。


 若干話がそれたが、細谷がやろうとしているのは、こういうことなのだろう――


『先入観による能動的なアプローチ』


 つまりはそういうことだ。


「手順は、まあこんなところかな。あとは潰した文字と看板の潰れた文字を見比べて、合っている、あるいは似ていると思ったら、とにかく全部情報として蓄積してゆく。ある程度情報がたまってきたら、そこから類似点とかを洗い出して、さらに答えを絞ってゆく。そんな感じ」


「そうなると、人海戦術になりますですね」


 画面に映る、潰れた文字を見つめながらも、山崎さんが口を開く。


「作業は、分担しますですか? 日和があ行、一ノ瀬さんがか行、ボクと夏木くんがさ行、みたいに。そうでないといくら時間があっても足りないのです」


「はい。山崎先輩の言う通り、分担作業でいいと思います。なんで、パソコンがもう何台か、できればここにいる人数分はほしいんだけど……」


 うかがうように、細谷が上田さんへと顔を向ける。


「うむ。全部で七台か。多分、大丈夫だと思う」


「マジ?」


「うむ」


 上田さんが、一本いっぽん指を折りつつも、口に出して数え始める。


「まずは目の前にあるノートパソコン、次に隣の部屋にあるデスクトップパソコン、三つ目は二階の寝室にあるデスクトップパソコン、四台目はアイパッド、五台目は試しに買ってみた他社のタブレット端末、六台目は倉庫にある古いノートパソコン、七台目は……あ、足りないではないか。すまぬ」


「まあ、六台あれば十分だよ。ていうか今はパソコンすらない家庭も結構あるらしいから。とにかく持ってこれる物は一度ここに持ってきてもらってもいい? 作業環境が整っているかの、確認をしたいし」


「うむ。承知だ」

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