第134話 夏木くるみが見た光景
「『ここで一度要点をまとめます。私は京矢、つまりはお兄ちゃんを愛している。そして結婚している。近所に住むハナは京矢にべったりで、そんなハナがうざくて昔喧嘩をした。そんで先日ギルメンに会ったら、偶然にもハナだった。次からはようやく、先日のデートの最後に、なにがあったのかを語ります』」
「『駅で別れる時に、ハナが私にこう聞いてきました。「どうして京矢に近づいちゃいけないの?」って。私それで、本当に頭にきちゃったんです。過去のあのこと、絶対に忘れるわけがないし、だったら忘れたふりをしているに違いないって』」
「『だからはっきりと言ってやりました。京矢のことが好き! 愛してる! だからお前が目障りだって。・・・でも勘違いしないでください。私だってもう中学生です。でかい口をたたいても、無理だって分かっています。京矢の前でもう言っちゃいけないんだって分かっています。だからこれは、単なる強がり・・・』」
「『もうこれっきりにしようと、そう思いました。あとは心の奥底に本当の気持ちをしまいこんで、わざと仲の悪いふりをして、どこにでもある普通の家庭を演じようって、そう思いました。ていうかこの歳で気持ちを伝えちゃったら、おかしいどころか、家にいられなくなって、家庭崩壊すると思うから』
……ふむ。どうやら夏木くるみは、意外にも分別をわきまえた、常識人のようだな。お兄ちゃん好き好きセックスしたいツイートを見るに、とんだ変態メンヘラビッチかと思ったのだが」
変態メンヘラビッチって……いくらハーフ美少女上田先生だからって許さんぞ!
つか変態はどこからどう見てもあんただろ!
そのワンピースの下、今もノーパン・ノーブラのくせに!
「『ここからなんです。信じられないことが起こったのは。ハナが駅に入っていって、私はどこかで時間を潰そうとしたんですが、そしたらチャラい三人組に絡まれちゃって・・・。断ってもしつこく声をかけてくるし、最後には腕をつかまれて、無理にでもつれていかれそうになって・・・』」
「『脳裏に、すごく怖いイメージがよぎりました。狭い部屋に連れ込まれて・・・みたいな。でも、誰も助けてくれない。だから私、思わず叫んだんです。お兄ちゃん助けてって。自分でもびっくりでした。無我夢中で叫んだ人が、お兄ちゃんだったんですから。ああやっぱり好きなんだなあって・・・』」
「『でももちろん、京矢は助けになんてきません。声が届くわけがないし、こんな所にいるわけがないから。でも突然、私の腕をつかんでいた男が、勢いよく地面に倒れました。もしかして本当に京矢!? って思って振り向くと、なんとそこにはついさっき別れたばかりの、あのハナがいたんです』
……ほう。妹を守るために、屈強かもしれない男三人に立ち向かうとは……夏木京矢、あっぱれだな。なかなかできることではないぞ」
「なかなかできることではない? 上田さん、なにを言っているの?」
理解できなかったのか、上田さんが小首を傾げて先を促す。
そんな上田さんを見ると、俺は箸を置いてから口を拭い、胸を張って言う。
「身を挺して妹を助けないお兄ちゃんが、この世にいるわけがないだろ!」
「ふむ。夏木京矢……貴様もなかなかに気持ちが悪いのう。まあ、先に進めるぞ」
あれ? これって普通じゃあないの?
気持ちが悪いものなの?
あれ?
あれれ?
「『どうしてハナが? 私あんなにひどいことを言ったのに・・・。もう本当に、わけが分かりませんでした。そうこうするうちに、目の前でハナがぼこぼこにされて、服がずれて、髪がずれて・・・気がつけば、さっきまでハナだった人が、女装した京矢になっていたんです』」
「『もう本当に、なにがなんだかわけが分かりませんでした。本当に、世界がおかしくなったっていうか、ずれてしまったっていうか、本当にそう思いました。今でもあの衝撃的な感覚をはっきりと覚えています。ごめんなさい。うまく説明できないです。夢みたいっていうか、そんな感じ・・・』」
「『ようやく冷静になれたのは、三人のチャラ男がいなくなって、そのぼろぼろになった女装京矢と二人っきりになってからでした。その女装京矢は、間違いなく私のお兄ちゃん、京矢だったんです。つまり京矢は、女装をするとハナとそっくりになる・・・そういうことです。嘘じゃありません。信じてください』」
「『ここで私は、ある事実に行き着きました。先ほどハナに、京矢のことが好きだ! 絶対にセックスしてやる! と宣言してしまったことに。ハナは女装した京矢でした。つまり私は、絶対に知られてはいけないお兄ちゃんに、正面切って堂々と、セックスしたい宣言をしてしまったわけです』」
「『以上です。その後は急いで逃げて、部屋に閉じこもって、今にいたります。正直、今後どうしようか迷ってます。家にいられるの? でもどうやってって、悩んでます。もしも京矢に気持ち悪いとか、そんな拒絶されるようなことを言われたらと思うと、本当に死にたくなるんです。これからどうしよう・・・』」
パソコンの画面から顔をそらして、どんぶりを両手で持ち上げると、上田さんはラーメンの残り汁をごくごくと、一気に飲み干した。
そしておしぼりで口の回りと手を丁寧に拭うと、手を合わせて小声で、「うましものを食した……感謝」と言い、満足げに小さく息をはいた。
「して、大体我の予想通りであったな」
「そう……だね」
「どうした? 食欲がないのか? あまり食が進んでいないようだが」
「いや……」
箸を置くと、俺は恐る恐る上田さんを見て、顔色をうかがう。
「それで……どう思った?」
「そうだな、夏木くるみが家出をしたのも、致し方ないと、そう思ったかな」
「いや、そうじゃなくって……俺の女装について」
「ああ、そっちか」
上田さんは腕を組むと、一瞬からになったどんぶりの底へと目を落とす。
しかしすぐに顔を上げると、なんでもないように答える。
「いや、特には」
「え? 特にはって……本当に? だって女装だよ?? 変だと思わない? 気持ち悪くない?」
「いや、全く」
「……どうして?」
「どうしてって……」
天井を仰ぐと、指先でくるくると横髪をもてあそぶ。
今度は少し迷っているようだ。
先ほどよりも、答えるのに時間を要している。
「多分、我にいくにんかのレイヤーの友人がいるからであろうな。キャラになりきる、という点においては、根本的には同じであろう。つまり夏木京矢は、悪魔キャラになるか、動物キャラになるか、人間の女キャラになるかで、単に三つ目を選んだにすぎないということだ」
ようは、一人の人間がコスプレをして、色んなキャラになりきるのを、上田さんは目の前でたくさん見てきた。だから慣れている……ということなのだろう。
上田さんから見れば俺の女装なんて、単に一人の人間がコスプレをして、一華になりきっているだけ、ということになるみたいだ。
……とりあえずは、よかった。上田さんの心が広くて。
てっきり「気持ちが悪い」とか、「吐き気がする」とか、「死ねばいいのに」とか、そんな悪態をつかれるかと覚悟していたから。
上田さんみたいな超絶美少女に、そんなことを言われた日には、マジで死にたくなっちゃうからな。
……いや、意外といいのか?
美少女にさげすまれるのって、意外とありなのか?
どうなんだ?