第133話 モブはモブでもモブサイコ
満足したように鷹揚に頷くと、上田さんは持参したノートパソコンを開き、ワイファイ接続をする。
そしてそれから、ワンピースと同じ水色のシュシュで、髪をまとめてポニーテールにすると、テーブルの上にあったコショウを軽くラーメンにふりかけてから、ぱきんと小気味のよい音を鳴らして箸を割る。
「すまぬな。ラーメンがのびてしまうので、夏木くるみのツイートだが、食べながら失礼するぞ」
「あ、うん、全然。パソコンにこぼさないように、気をつけて」
「一応、声に出して読むぞ。ここの二人ぐらいは、情報を共有しなければ、会話にならんからな」
「え? 声に出して読むって、マジで?」
脳裏に、先ほどのリビングでの惨状が、よみがえる。
ホモと化す細谷。
身悶えて、その後に躁鬱症患者のようになるビスクドール山崎。
発狂する一ノ瀬さん。
ガチで新婦と化す識さん。
そしてあまりの羞恥に、ポロポロと泣き出してしまう一華。
――またここで、真っ昼間の小市民的な中華料理屋で、あの大惨事を繰り返してしまうというのかあああー!!
頭を抱えて、白目をむいた俺を見て、色々と察したのだろう。
上田さんが、どこかたしなめるような口調で言う。
「安心しろ。先ほどのようにはならない。我は彼らのように、いちいちばかみたいに感情を込めたりはせんからな」
ひ、ひでえ……。
上田さんが読ませたようなものなのに。
……あれ? 違ったっけ? 一ノ瀬さんだっけ?
まあ、なんでもいいや。
「では、読むぞ」
上田さんはずるずると麺をすすり、がぶりとチャーシューにかぶりついてから、まあまあ大きな声で、ツイートを読み上げた。
「『想像してたら、私のアソコが、こんなにも濡れてきちゃった。だって、だってだってだって、私京矢と本当にしたいんだもん! したいしたい! どうしてだめなの!? また今夜も、一人でやれって言うの!? ひどい! 一応ゴムだってあるのに! 恥ずかしかったけど、買ってきたのに!』」
店内に、上田さんの声が響き渡る。
カウンター席に座るスーツ姿の男性、すぐうしろの席に座る肉体労働者と思しき方々、そしてたった今入ってきた大学生ぐらいの二人組が、やれやれといった眼差しで、俺たちを見る。
目を閉じれば、心の声が聞こえてくるみたいだ。『さすがは高校生。真っ昼間から発情してんねー』と。
「夏木くん夏木くん」
カウンターの向こうから、店主が身を乗り出す。
立てた親指で、店の裏の方を示しながらも。
「納屋、あっちだから」
だからしねえって!
大体納屋ってなんだよ!
俺たちはアメリカ人じゃあねえんだよ!
まあ、アメリカ云々ってのは、完全に偏ったイメージだけれど……。
「う、上田さん! 確かに感情はこもっていないみたいだけれど、声が大きい! 回りの目があるから、もっと声を落として!」
「うむ。すまん。ラーメンのあまりのうまさに、ついテンションが上がってしまってな」
どんなラーメンですか!?
トリップする白い粉でも入っているんですか!?
「と、とにかく、もうその恥ずかしい部分はいいから、核心に迫る部分を、ピックアップして読んでくれよ」
「分かった」
ズルズルズル。
「ではゆくぞ」
ズルズルズル。
麺をすすりつつも、上田さんが読み上げ始める。
なんかいいなあ。
女の子が、いっぱい食べる姿って……。
そんなことを思うではなく思いつつも、俺は耳を傾ける。
「『話を戻しますが、そのハナなんですが、家が近いのもあって、昔から京矢と仲がよかったんです。ハナはよく京矢と二人で遊びに出かけたし、よくうちにも遊びにきていた。正直、めちゃくちゃ腹が立ちました。だから中学の時に、言ってやったんです。続く』」
「『もう京矢に近づくな。私たちは結婚している夫婦なんだから、あんたが入り込む余地なんてこれっぽっちもないって。そしたらあいつ、ばかみたいにぽかーんとした顔をしながら言うんです。なっつんさんも京矢のこと好きなんだ。嬉しい私もって』
よかったな。夏木京矢よ」
顔を上げると、上田さんがラーメンをすすりつつも言う。
「やはり小笠原一華は、貴様のことを好いているようだぞ」
「いやいやどうみてもこれそういう意味じゃあないでしょ! 上田さんの言う好きだったなら、他の女の子に同じ人を好きって言われて、嬉しい感情が湧くわけがないし。つまりこれは、百歩譲っても、大切な友達を好きって言ってもらえて私も嬉しいってことだろ?」
「ちょっと待て。そういう意味ってなんぞや? 我はただ『好いている』としか言っておらんぞ」
「え?」
一気に汗が噴き出す。
自惚れと早とちりと失言にまみれた、嫌な感じのする冷や汗が。
「それは……ええと……」
「まあ、なんだっていいさ」
くすりと笑ってから、上田さんが続ける。
「一般的には、夏木京矢の言う通りなのだろうな。だが、相手はあの小笠原一華だ。博愛のレベルが高そうだし、純粋に嬉しいという気持ちを、無意識にも優先させてしまっただけとも考えられる」
「一華が優しいってのは認めるけれど、俺を好きは絶対にないって。だって俺だよ? モブだよ? 俺のことを好きになる女の子なんて、いるわけがないだろ」
「貴様がモブ? はっ! ぬかしおる」
揃えた箸でびしっと俺を指さす。
「モブはモブでも、モブサイコであろう」
いや、俺超能力とか、使えねえから……。
「まあいいから、続きを読んでくれよ」
「うむ。承知だ」
水で喉を潤すと、上田さんはパソコンの画面へと目を落とす。
「『は? ふざけんなって感じですよね? 完全に宣戦布告なのに。私思いましたよ。これが血のつながらない、正妻の余裕かって。だから言ってやったんです。もう二度と立ち直れないように、徹底的にボロクソに、罵詈雑言の限りをつくして、ハナをおとしめるようなことを』
……一体どんな悪口を言ったのだろうなあ」
「さ、さあ……」
立ち直れないように、徹底的にボロクソにって……うおおおおおおお!
なんか身に覚えがありすぎて死にたくなる!
やっぱり俺とくるみは兄妹なんだな。
血は争えないっていうか……。