第131話 アウトタイム
「皆も疲れているみたいだし、一時間ぐらいとる?」
「うむ。それがいいだろう。我は外に食べにいくが、皆はどうする?」
「ボクは食欲がないので、遠慮するのです」と山崎さん。
「うむ。会長はどうする?」
「私は、識さんに用事があるから……って、別にあれよ? 一華さんの様子が気になるから、それよ」
マジでぶれねーなこの人。
ある意味尊敬だわ。
「細谷翔平はどうする?」
「僕はあれ……ちょっとトイレにこもるから」
トイレって……おい細谷てめー!
一体トイレでナニをしようって言うんだこらぁ!!
「そうか。では出かけるのは、我一人ということだな」
なぜか俺には聞かなかった上田さんは、ローテーブルの上にのっていたノートパソコンをぱたんと閉じると、脇に抱えて、まるで確認するように皆へと視線を巡らせる。
「残りのツイートだが、休憩の時間を利用して、我が皆の代わりに読んでおくことにする。よく考えたら皆で読む必要など全くないし、誰か一人が代表して読んで、要点を伝えれば、それで済んだ話だからな」
――え?
読むって、一人で?
言い終えると上田さんは、皆の返事を待たずして、そそくさとリビングから出ていった。
ちょっ……まっ……。
中腰になり、すでに上田さんのいない、からっぽの空間へと手を伸ばす俺。
頭の中には、どこかおしゃれな飲食店の店内で、くるみのツイートを読み、俺の秘密を――ようは女装をすると一華と瓜二つになるという真実を目の当たりにして、唖然とする上田さんの姿が、結構鮮明に、妙なリアルさを伴って、思い浮かんだ。
これってやばくないか?
いや、むしろ上田さん一人で読んでくれた方が、細谷には知られないからいいのか?
でも一人の時に秘密を知ると、事情を説明する人がいないから、より戸惑いが増すんじゃあないか?
だったらせめて、俺だけでも上田さんについていって、補足を加えながらも読んでもらった方が、上田さんのため……いや、俺と一華のためになるんじゃあないか?
とにかく上田さんのあとを追わないと――。
俺は立ち上がると、先ほど上田さんが出ていったリビングのドアへと顔を向けながらも、隣に座る一ノ瀬さんへと、念のため断りの言葉を口にする。
「一ノ瀬さん、ちょっと俺、いってくるよ」
「いくって……ああ」
事情を察したのか、一ノ瀬さんは気づいたような声を出したあとに、真面目な顔で頷く。
「そうね。それがいいわね」
「うん」
「私は、識……いえ、一華さんの様子を見てくるから」
「お、おう……」
最後の最後までぶれない、一ノ瀬さんだった。
財布とスマホがポケットに入っていることを確認してから、俺は廊下、並びに玄関周りに置かれたアンティークの類に足をぶつけないように、慎重に、されど急いで外に出ると、左へ、そして右へと顔を向けて、上田さんの姿を捜した。
「うむ。やはりきたか。夏木京矢よ」
振り向くと、そこには門扉の柱にもたれかかるようにして立つ、上田さんの姿があった。
漫画の一シーンみたいだと思った。
水色のワンピースにさらさらとした赤い姫カット。なによりもハーフ特有の青い瞳――そんな物語から出てきたかのような絶世の美少女が、片方の足だけを柱につけて、あとから追ってきた者に話しかける――そんな光景は、世界広しといえども、フィクションの中にしか存在しないと、そう思われたから。
「あ……え……あ」
予想外のことに俺は、二の句が継げない。
そんな俺の気持ちなどいざ知らずといった体で、上田さんは柱から背中を離すと、颯爽と歩き出す。
「なにをしておる。ゆくぞ。我おすすめの名店があるのだ」
「あ、うん。いこう……」
返事をして息を整えると、俺は上田さんのあとに従い、その名店とやらへと、足を向けた。
やってきたのは、住宅街を抜けた先にある、慎ましやかな商店街だった。
商店街の端には、一応ウエルカムボード的な『神山商店街 へようこそ』という看板が設置されており、その向こうには左右の建物に跨るアーケードが、通路と並行して伸びて、カーブの先で見えなくなっている。
全体的に物侘しくも暗い雰囲気が漂っているのは、おそらくアーケードの屋根が、黄色くくすんでしまっているからだろう。
屋根を透過する陽の光は、必然的に琥珀色というか黄土色っぽい光に変わってしまい、この時間だとまだ街灯が灯されていないアーケード内を、極控えめに言って、薄暗い、黄昏時の空気に染めてしまっている。
夏休みとはいえ、世間は単なる暑い平日だ。
人の姿がまばらで、若干ご高齢の方が目立つのは、目をつむる他ないのかもしれない。
というか軒を連ねる店たちには悪いが、客である俺たちからしたら、人が少ないというのは、快適以外のなにものでもない。
「ここだ」
商店街に入り、しばらく歩くと、上田さんがとある店の前で立ち止まり、自信満々な口調で言った。
顔を上げると、そこには小市民的な、中華料理屋があった。
でかでかとした赤の看板には、『神山飯店』と白の字で書かれており、出入り口の左右の天井からは、なにやら中華風の金色の装飾品が、紐に吊るされて中空に静止している。
……はっきり言って、超意外なんすけど。
ハーフ美少女の上田さんのことだから、木肌の温かな洋風レストランとか、はたまたバラやらハーブやらが植えられた田舎風ビストロとか、さらに言えば、ビルの屋上に位置する、空中庭園カフェとか、なんかそういったハイソサエティーでトレンディーな所に連れていかれるかと思ったから。
店内に足を踏み入れて、厨房に面したカウンター席を横切り、一番奥のテーブル席に腰を下ろすと、俺はラーメンとチャーハンの抱き合わせであるチャーラーセットを、上田さんはチャーシュー麺の特盛、油マシマシを頼んだ。
「して、ツイートの続きであるが……」
「そのことなんだけど」
話し出した上田さんを遮り、俺が言う。
「実は俺、くるみの家出の原因を知っているんだ。隠していて、本当にわるかった」
「やはりか。だからこそ、我はあの場から一度席を立った。さすれば、夏木京矢が一人で、我のあとを追ってくるだろうと、そう踏んだから」
グラスに注がれた水を飲み、ぺろりと舐めて唇を潤してから、もう一度俺の目を見る。
「小笠原一華について、皆に聞かれてはまずいなにかがある……そういうことであろう」
「うん。でも、上田さんと細谷以外は、実はもう皆知っているんだ。山崎さんには、今回のことに関してははっきりとは伝えていないけれど、中核になる秘密は知っているから、いずれ察すると思う」
「中核になる秘密? それは小笠原一華の秘密ということでいいのか?」
「いや」
言おうか言わないか一瞬迷ったが、どうせツイートを読まれるし、どうせ言うしということで、すぐに頭を切り替える。
「どちらかといえば、俺の秘密だ。ツイートの続きを読めば多分分かると思うけれど、数日前のくるみとのデート、俺に強くかかわりがあるんだ」
「数日前の夏木くるみと小笠原一華のデートに、夏木京矢が強くかかわりがある?」
確認するように、その部分を丁寧な言葉で言い直すと、上田さんは頭の回転を表現するように、指先で横髪をくりくりともてあそぶ。
そしてなにかに気づいたように手を止めると、にやりと口元に笑みを浮かべて、俺へとその青く澄んだ瞳を向ける。
「なるほど。妹と小笠原一華のデート、ツイッター内での兄への告白、そして夏木家からの家出……。我の直感が正しければ、大体の事情は分かったぞ」
「マジで?」
――嘘だ。
これははったりだ。
分かるわけがない。
ともすれば、たとえ打ち明けたとしても、疑われるレベルの話なのだから。
「言ってみてよ」
俺は手を差し向けると、どこか挑発するような口調で言う。
「うむ。単刀直入に言えば、夏木くるみのデートに出向いたのは、夏木京矢、貴様であったのだろう」
「っ!?」
ええええええええええー!?
なして分かるん!?
なしてバレた!?