第128話 結婚式のあとにやること
「昔のことなんだけど、俺とくるみ、結婚式の真似事をしたことがあるんだ。もちろん真似事であって、本気じゃあない。ごっこっていうか……遊びみたいな感じで。多分くるみは、あの時のことを言っているんだと思う」
「ほう。詳しく聞かせてもらおうか。結婚式ごっこに至った、その経緯について」
「了解」
頷くと俺は、まずはどこから話そうかと考えを巡らせる。
「子供の時はあいつ……って、まあ今も十分に子供なんだけど、体が弱くて、結構よく学校を休んだりしていたんだよ。そんなくるみのことを心配した母さんが、ある日連休を利用して湯治にいってみようと言い出したんだ。それで俺は、なんていうか旅行感覚で、一緒にいくことになった」
続けてくれとでも言うように、上田さんが俺へと手を向ける。
頷くと、俺は腕を組んで、空に記憶を探し求めるように、天井を仰ぐ。
「多分、泉質が合っていたんだと思う。くるみのやつ、日に日に体調がよくなっていってさ、帰る頃にはあの虚弱体質が嘘だったかのように元気になったんだ。そんなくるみのことを見ていたら、なんか俺まで嬉しくなってきてさ――ああ、これで色々うまくいくんだ……みたいな、漠然とした安心感みたいな。だからというわけじゃあないけれど、最終日に、くるみを誘って、遊びに出かけたんだ」
「そこで、結婚式ごっこをしたというわけか」
「そう。眼下に広がる温泉街とか、連なる山々とか、そういった雄大な風景の見渡せる、丘の上っていうか展望台みたいな所で、俺とくるみは幼いが故の結婚式ごっこをした」
「そ、それは……」
おずおずとした様子で、一華が俺の服の袖をくいくいする。
「どっち……から?」
「どっちから? ああっ」
一華の聞きたいことを自ずと理解すると、俺は質問に答える。
「確か……くるみからだったような気がする。ここで結婚式をしようって、俺に言ってきたから」
「ん? 一つ聞いていい?」
小さく手を挙げた細谷が、俺に聞く。
「いきなり結婚云々って言葉は、普通出ないよね。ということはそもそも、夏木と妹さんは、付き合っていたの?」
「いや、俺もくるみも結構幼かったし、付き合うとかそういう感覚はないだろ」
「じゃあ普段から好きだの愛しているだの、言い合っていたの?」
「いや……そんなことはなかった」
「なんだ今の間は」
抜け目なく、上田さんが俺の言葉の機微を捉える。
「事実は全て間違いなくさらけ出すのだ。捜索には、そういった仔細な部分が、時に重要な役割を果たすことがあるからな」
「わ、分かった」
……正直、幼い頃の話とはいえ、妹と告白し合った話を他の人にするというのは、結構気恥ずかしいものがあるな。
ともすればシスコンだの、変態だの、いじられかねないし。
「結婚式ごっこをする直前に、くるみの方から好きだって言ってきたんだ。俺のことが大好きだって」
「して、夏木京矢はそれに、どのように応えたのだ?」
「まあ……俺も、みたいな?」
「はっきりと言わんか。当時の発言を真似て、我らにも伝わるように」
「俺も好きだぞ。大好きだ……と」
「つまり、両思いだったというわけだ」
「ま、まあ」
上田さんの変なスイッチが入りそうだったので、俺は間髪を容れずに言葉を続ける。
「でもそんな仲のいい兄妹の時代も、いわゆる反抗期の訪れと共にすぐに終わってしまう。俺とくるみは全国どこにでもある家庭と同じように、互いにいがみ合い、そして同じ屋根の下で、なるべく会わないように、互いに避け合った」
「反抗期……ねえ」
意味深長にも、識さんが言うと、俺を見てから、目だけで一華を見る。
「兄妹の仲が悪くなったのって、本当にその反抗期のせいなん?」
「ああ、多分……」
一華に視線を送ったことからも、おそらく識さんは、一華に原因があるのではないかと考えたのだろう。
その考えは、至極当然であると言えるのかもしれない。
俺がくるみと結婚式ごっこをしたのは、小学校の三、四年生の頃だ。
そして俺が純のラブレターをびりびりにやぶり、その後一華につきっきりになったのが、小学校の五年生のことだ。
俺とくるみの仲が悪くなった時期と、俺の人間関係が劇的に変わった時期がちょうどかぶることからも、くるみをないがしろにして、一華につきっきりになったそのこと自体が、俺とくるみの不仲を生んだ原因とみて、まず間違いないはずだ。
自分の思考に想像力が刺激を受けたのか、この時俺は、不意に、一華に対するくるみの横暴な態度、振る舞い、その記憶が、映像として、頭の中にリプレイされた。
――ああ……だからか。
だからくるみは、一華に対して、あんなにも憎しみをつのらせていたのか……。
「まだ、なにかあるのか?」
目ざとく、上田さんが聞く。
「思い当たる、なにかが」
「いや」
話を変えるためにも、俺はもっともらしい嘘をつく。
「結婚式ごっこのことを思い出していたんだ」
「夏木くんと結婚式……。う、うらやまけしからんのです」
拝むように手を組んだ山崎さんが、うっとりとした顔で空を仰ぐ。
それからすぐに、なにかに気づいたような声を出してから、顔面を蒼白にして言う。
「ちょっ、ちょちょちょ……ちょっと待つのです! 結婚式ということは……したのですか?」
「したって、なにを?」
「き、決まっているのです! そんなこと、ボクに聞かないでほしいのです!」
誓いのキスか? と思った俺は、思わず口ごもってしまう。
実際にしたし、でも自分の口からしたというのは、やっぱりめっちゃ恥ずかしかったから。
「その顔……やっぱりしたのですね!? してしまったのですね!?」
「ま、まあ……一応」
すると山崎さんは、一瞬魂が抜けたかのように静止してから、ぼろぼろと大粒の涙を滂沱のごとく流し始める。
「えっ!? 山崎さん!? どうして泣くの?? 大丈夫?」
「だ……だっで! なづぎぐんのはずだいげんば! ボグがもだうはずだっだのぎ&h%gj$rb&kc!!」
「え!? なんだって!?」
なにを言っているのかマジで分からない。
「夏木くんの初体験はボクがもらうはずだったのに……だそうだ」
上田さんが山崎さんのずたぼろの言葉をきれいに言い直す。
もちろん口元に、小さな笑みを浮かべながらも。
「は!? 初体験?? え!?」
「夏木くん……あなた、中世の貴族かなにかなの?」
一ノ瀬さんが、ゴミを見るような目で俺を見る。
「ふええ……京矢が……ぐすん……」
目に涙を浮かべた一華が、小さく肩を震わせる。
「つまりだ」
未だに状況を理解できない俺を不憫に思ったのか、上田さんが俺の肩に手をのせて、やれやれと首を横に振ってから、はっきりと、一切オブラートに包むことなく、断定的に言う。
「夏木京矢は実の妹とセックスをした。山崎鈴の質問に対する肯定は、そういうことなのだろう?」
初夜ってこと!?
誓いのキスをしたかじゃあなくて、山崎さんは俺に、初夜を迎えたかどうかを聞きたかったってこと!?
普通キスだろ!
そういう時は普通、キスをしたかどうかを聞くだろ!!
「京矢……あんた…………ごめん」
悲しそうな目をした識さんが、なぜか俺に謝る。
やめて!
謝らないで!
そんな目で俺を見ないで!
識さん今ウエディングドレスを着ているし、まるで俺が、結婚当日に浮気がばれた、クソ野郎みたいになっているから!
「京矢、お前……実の妹とセックスとかって、うらやましすぎるだろ」
細谷が、ちょっと本当にうらやましそうな顔をしながらも、身を乗り出す。
ぐぅおらぁ細谷てめー! 表に出ろやごらぁぁぁ!
うらやましいとか、わけ分かんねえこと言ってんじゃあねえぞごらぁっ!
「と、とにかく!」
立ち上がり、でかい声を出して皆の意識を俺に向けさせると、俺は誤解を解くためにも、弁解の言葉を口にする。
「俺とくるみは、そういうことはしていない! 確かにキスはしたけれど……それだけだ!」
「ふん……つまらぬ」
「え? 上田さん、今なんて?」
「して、夏木京矢よ。そのキスとやらは、何回したのだ? 舌は入れたのか?」
こいつ……スルーしようとしていやがる。
「舌なんか入れるわけがないだろ。軽くちゅっと、しただけだ」
「どこに?」
「ほ、ほっぺに」
「唇にか?」
「ほっぺに」
「唇……そうだな?」
「はい唇にです。すみません」
「何回した? 十回か?」
「もういいだろ! ほんと勘弁してくれよおおお!」
「まあ……いいだろう。そろそろ飽きてきたしな」
おいこらぁー。
ついに隠そうとする努力もしなくなりやがったなーこらぁー。