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第127話 女共の精神崩壊

「『七月二十七日。大体おかしいと思いませんか? お兄ちゃんが好きって言うと、皆まるで頭がおかしいみたいな目で私を見るんです。私から見れば、他人同士がいちゃいちゃする方が、生理的に気持ちが悪いんですが。あと男同士とかマジでキモい! 論外! 氏ね!』」



 読み終えた瞬間――山崎さんの目から光が消えた。

 そして音もなくふらりと立ち上がると、突然、腕を振り上げてパソコンへと襲いかかった。


「ど畜生なのですううう!!」


「――ちょっと! 山崎さん!?」


 すぐ隣に座っていた一ノ瀬さんが、すんでのところで腕をつかみ、山崎さんの暴挙を止める。


「一体なにをしているのよ! これは上田さんの私物であり、破壊すれば器物破損になるわよ! 実刑が下れば、三年以下の懲役、または三十万円以下の……」


 いや、そういう問題では……。

 正論じゃあないんですよ。人の性癖っていうのは。


「ぶっころなのです! ホモを愚弄した挙げ句の果てに、最近知った、男女の性の喜びにまでも、罵倒の言葉を浴びせかけるとは! どう考えても兄妹同士の恋の方が気持ちが悪いに決まっているのです! 吐き気がするのです! それを! それを!! ぎゃあああー!」


 頭を抱えて叫び声を上げたかと思えば、山崎さんはプツリと、まるで糸が切れた操り人形のように、ソファに崩れ落ちて、そのまま虚ろな目で黙り込んだ。


 おそらくはあまりのストレスにより、精神に強い負荷がかかり、思考の電源が落ちてしまったのだろう。


 ソファに寄りかかり、身動き一つしない今の山崎さんは、ゴシック風の服に、頭にのせられたシルクハットの飾りもあり、マジで博物館にでもありそうな、瀟洒でかわいいビスクドールにしか見えなかった。


「……うむ。ようやく、静かになったな」


 慎重な口調に反して、口元に笑みを浮かべた上田さんが、一ノ瀬さんへと言う。


「では次は会長だ。読み上げてくれ」


「ええと……読んでいいのかしら? 本当に、読んでもいいのかしら?」


「それは一体どういう意味だ」


「いえ……なにか、嫌な予感がするから」


 嫌な予感?

 ……同意すぐる。


「我は別に嫌な予感などせぬが。……気のせいであろう」


 首を傾げる。口元に笑みを浮かべたままで、わざとらしく。


 ……うん。

 上田さん楽しんでるね。

 あと絶対に期待しているね。

 なにかこうウィットに富んだ、そんなツイートを。……とほほ。


「まあ……じゃあ読むわね」


 居住まいを正すと、一ノ瀬さんは一度深呼吸をしてから、画面をのぞき込む。



「『七月二十七日。男同士とは反対に、女同士ってのもありますよね。あれも私はだめです! もう本当に気持ちが悪いです! 女の人が女の人を好きだなんて絶対におかしい! 絶対に●●だ! 正直●●だから、この世から消えてほしい! 世界は皆、兄妹同士で結ばれるのが至高なんです!』


……ふふ…………ふふふ……」



 ふらりと立ち上がると、一ノ瀬さんはすぐ隣に座るビスクドールと化した山崎さんの手を取り、両手で包み込むように握る。

 そして瞳孔を極端に小さくしてどこか虚空に視線を定めると、髪を噛んだままのおぞましい形相で、ぶつぶつと、まるで呪詛でも唱えるかのように言葉を漏らす。


「ねえ、山崎さん。私は女の子が大好きで、とっても大好きで、愛しているの。山崎さんは男の子同士がいちゃいちゃする、いわゆるホモが好きで、私とは正反対といっても過言ではないわよね」


「…………」


 無言のうちに、山崎さんが応える。……いや、多分応えた。


「でもね、でも私はね、そんな山崎さんの趣味を、全然これっぽっちも悪く思わないの。だってそうでしょ? 個人の趣味・趣向は、人それぞれであって、他人にとやかく言われるものではないはずだから」


「…………」とビスクドール山崎。


「だからこそ、尊重し合わなければならない。敬意を払い合わなければならない。もしも、もしも理解できないのならば、不用意に踏み込まないように、なにもしないのが、最適解だとは思わない?」


「…………」


「思うよね? 思うわよね? そうよね? ねえ? ねえ? ねえ? ……だから、その、あの、あ、あ、あ、あ、あ、あの、あ、あ、あ……」


「うむ。では次は識日和、頼むぞ」


 放置!?

 いいの!?

 え? いいの!?


「わ、分かったし」


 いいんだ……。

 なんていうか、たくましいな……。


 識さんはウエディングドレスを軽く整えると、スカートの上から肘をつき、もはやパンドラの箱と化したツイッターの呟きを、声に出して読み始めた。



「『七月二十七日。すみません。話がそれてしまいました。京矢のことでもう一つ、はっきりさせておかないといけないことがあるんですが、実は私、京矢ともうすでに結婚しているんです! 式もあげました! ウエディングドレス、きれいって言ってくれました! 嬉しかった・・・』」



「許さないのです!!」


 唐突にスイッチの入ったビクスドール山崎が、そのままがばっとテーブルの上にのり、なぜか俺の胸倉を力いっぱいにつかみ上げる。


「――ぐ、ぐるじぎっ! や、やばざきざん!?」


「ボクという者がありながら、どうしてよりにもよってこんな――」


 ウエディングドレスに身を包んだ、識さんを指さす。


「リア充ビッチなんかと結婚するのですか!? これは裏切りなのです! 浮気なのです! 重婚罪なのです!」


「ど、どにがぐおじずいで! ごれはヅギードだがだ! ぐるみのはづげんだがら!」


「鈴、あんたなに言ってんの?」


 冷静な口調で、識さんが割り入る。


 冷静な口調だったからこそ、俺は思った。いや、思ってしまった。

 きっと勘違いしている山崎さんをなだめてくれるんだろうなと。

 説明をして、話を元のレールに戻してくれるんだろうなと。


 ――次の言葉を聞くまでは……。


「京矢の婚約者は私であって、あんたじゃねーし。このウエディングドレスの意味……分かるっしょ?」


 え? 識さんこそ、一体なに言ってんすか?

 そんなに火に油を注ぎたいんすか?


「ぐぬぬ……そのウエディングドレスは……」


「はっ」


 鼻で笑うと、識さんは勢いよく立ち上がり、俺の隣に無理やりにでも座る。

 そしてなにを思ったのか俺の腕をぎゅっと抱きしめると、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、挑発的にも山崎さんに言う。


「独身の山崎鈴さんにご報告でーす! 私たち、結婚しました! イエーイ!」


 その場に固まり、崩れて、砂になる山崎さん。


 識さんはというと、にやにやした顔を俺へと向けながらも、「嬉しい?」とか、「もしかして照れてるん?」とか、そんな言葉を耳元で囁きながらも、俺をからかってくる。


「識日和よ」


 上田さんが、きれいなブルーの瞳を細めて、識さんを見る。


「いいかげんにしないか。山崎鈴は、貴様の先輩であろう。目上の人に対しては、敬意を持って接するのが、好ましい態度ではないのか」


 ど、どの口が言うか……。

 上田さんも、山崎さんに対して結構横暴ですよね?


「ま、まあ、そうかもしんないけど……」


「であるならば、自らの非を認め、しっかりと謝罪をするのだ」


「わ、分かったし」


 識さんは俺の腕から離れると、砂から復元した山崎さんをその場に立たせて、手を握った。


 ギリギリ……ギリギリ……。


「鈴……ごめんね。あんたがビッチとか言うから、ちょっと頭にきちゃって……言いすぎた」


 ギリギリ……ギリギリ……。


「べ、別にいいのです。正直に言えばボクも、ウエディングドレス姿の日和に嫉妬してしまった嫌いがあったので、お互い様なのです」


 ギリギリ……ギリギリ……。


 そろそろ、仲直り? の握手を、やめた方がよくないっすか?

 骨が削れて、二人共病院送りになりそうな気がするんで。


「して、夏木京矢よ」


 仲直りの握手を終えて、識さんと山崎さんが席に戻ったのを確認してから、上田さんがおもむろに言う。


「先ほどのツイートに関してだが、貴様は、妹である夏木くるみと、結婚をしているのか? それともあれか? 実は血がつながっていないとか、そんな設定なのか?」


「いや、そんな設定は、多分ないけど……」


「けど……なんだ?」


「いや……」


「いや?」


 肩に手をのせると、上田さんはぐうっと顔を近づけて、俺の目をのぞき込む。


 ブルーの虹彩に、吸い込まれるような黒い瞳孔。


 まるで目を通して、直接、脳内をのぞかれるような、奇妙で、ちょっとだけ怖い感覚……。


 嘘は……つけないな。

 ついたところで、絶対にばれるだろうし。


 観念した俺は、別に隠すことでもないしということで、幼い頃にした、あの丘の上での結婚式ごっこのことを、話すことにする。

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