第124話 裏垢をのぞき見るということは
「だがとりあえずは、その前にやることがあろう」
ページダウンのボタンを押して、画面を下へとスクロール、再び二十六日と二十七日の境目まで移動する。
「夏木くるみが家出をした三日前から本日までのツイートのチェックだ。書かれた文字の中に、なにか場所を特定するヒントが隠されているやもしれぬ」
「そうね。じゃあ、誰かが代表して音読をしていきましょうか」
同意した一ノ瀬さんが、提案するように言う。
「くるみさんのツイートはウルヴェルのアカウント、つまりはこのパソコンからしか確認できないし、七人全員が画面に顔を寄せるというのも、ちょっと厳しいと思うから」
「そうだね。じゃあ一ノ瀬さん、頼むよ」
「嫌よ。夏木くんが読みなさいよ」
「いや、こういう場合は女の子の方がいいって。男よりも声が通るから聞き取りやすいし」
「確かにそうかもしれないけれど……」
ウエディングドレスを着た、識さんへと顔を向ける。
「識さん、あなた声が通りそうね。音読してくれるかしら」
「え? どうして私? 無理無理。ていうかはずいし」
「はずいって……どの口が言うのですか」
山崎さんが突っかかる。
「廊下とかで、似たような系統のリア充たちと、大きな声で騒いでいるのをよく目にするのですよ。あんな感じで読めば、嫌でも耳に入ってくるのです」
「なにその言い方? ちょっと感じ悪くない?」
「ボクは先輩なのですよ。もっと年上を敬えなのです」
きな臭くなってきたところで、細谷がまるで仲裁をするように二人に割り入る。
「じゃあこうしよう。時計回りに一人ひとり読んでいく。これならフェアだろ? 七人いるから、次が回ってくるまでに喉を休めることだってできるし」
「まあ、それなら」
細谷の提案に、識さんが納得する。
「仕方がないのです」
不承不承といった様子だったが、山崎さんも受け入れたので、言い出しっぺの細谷から、一人ひとり順番にくるみのツイートを読み上げることに決まる。
「じゃあ読むよ。七月二十七日……あ、先に言っとくけど、初めの日付から読み上げるって感じで。どのタイミングで呟いたかってのも、もしかしたらなにかの手がかりになるかもしれないから。あと、たとえ誤字があったとしても、一言一句しっかりと、意訳とかせずに、最後まで」
こほんと軽く咳を入れて仕切り直すと、今度こそ、ツイートを読み上げ始める。
「『七月二十七日。ああ最悪! 本当にサイテーなことがあった。しばらくもぐるかもです』
以上だ」
おそらくこれは、一華の姿に女装した俺と、デートをした日の夜に呟いたものだろう。
ツイート内にある『サイテーなこと』というのは、お兄ちゃんのことが好きと告白したのを、そのお兄ちゃんである俺に聞かれたことを示していると考えて、まず間違いないはずだ。
「じゃあ次は山崎先輩、お願いします」
読み終えた細谷が、山崎さんにくるりとパソコンの画面を向ける。
パソコンが少し遠かったのか、山崎さんはソファから床に膝をついて、テーブルに乗り出すような格好で、次のツイートを読み上げ始める。
「『七月二十七日。やばい! 全然眠れない! 気づいたらもう三時だし! 昼のことが、頭の中でぐわんぐわんしてるんだけど!』
なのです」
うーん……今のところは特に、場所につながる情報はないな。
皆も同じ思いなのかな?
なんだか神妙な顔をしているような気がするけど。
そう思ったが、とんだ思い違いだった。
皆が――特に上田さん、山崎さん、細谷が、神妙な顔をしていたのは、つまりはこういうことだった。
「うむ。これはようは、夏木くるみが家出をした、その原因のことを言っているのであろう。して、その原因とは一体なんぞや? そういえば、聞いておらんかったからな」
腕を組み、首を傾げた上田さんが、俺へと聞いた。
――うっ……やっぱりそうなりますよね。
でもさすがに、本当のことを言うわけにはいかない。
実の妹であるくるみが、兄である俺のことを、セックスしたいほどに愛していただなんて、絶対に知られたくないし、なによりもくるみの気持ちを知ってしまった経緯を説明するためには、一華の代わりに俺が、一華の姿に女装をして、ギルメンであるくるみに会ったというあの事実に、触れないわけにはいかなくなってしまうから……。
そう、後者の、女装に関する云々については、絶対になにがあっても知られるわけにはいかない。
……絶対にだっ!
ということで俺は、ささやかな嘘をつくことにした。
誰にも迷惑をかけない、どこまでもささやかな嘘を。
「いや、それがよく分からないんだ。多分、学校でなにか嫌なことがあったとか、そんな感じだと思う」
「ふむ。そうか。家出をした原因とかが分かれば、そこになんらかのヒントがあるやもしれぬと思ったのだがな」
「と、とにかく」
これ以上家出の原因について触れられたくなかったので、俺は話題をそらすためにも、話を前へと進めることにする。
「ツイートを読んでいこう。ヒントがあるとすれば、きっとここだから」
「うむ。そうだな。では次は会長の番だ。頼むぞ」
「ええ。分かったわ」
頷くと、一ノ瀬さんは自分の方へとパソコンの画面を向けて、一文字一文字丁寧に、凛とした口調で読み上げてゆく。
「『七月二十七日。やっぱり全然眠れないから、頭の中を整理するためにも、なにがあったのかを書くことにします。多分長くなります』
これって……」
読み終えると一ノ瀬さんは、俺へとちらりと視線を送ってから、苦い表情を浮かべる。
すぐに分かった。
これはやばいと。
これは圧倒的に緊急事態であると。
だってそうだろう。今の段階では、くるみがどこまで書いているのかは定かではないが、なんといっても裏垢であり、鍵アカだ。
言ってしまえば一から十まで余すことなく事細かに書いていてもおかしくはないのだ。
兄に対する気持ちとか、セックスをしたい云々とか、女装の件とか……鍵アカとは、つまりそういうことだ。
甘かった……。
俺は霞む視界でツイートの表示された画面を見つめながらも思う。
よく考えてみれば、くるみがツイッター内で、家出の原因について言及するなんて、予想できたはずだ。
それなのに俺は、くるみの行方を追うことばかりに気を取られて、その可能性を完全に見落としていた。
だが、どうする?
いや、決まっている。
読むわけにはいかない。
読まれるわけにはいかない。
しかし……どう説得する?
協力してもらって、かなりの労力をかけてもらって、ようやく鍵を開けることができたというのに、ここで「読むのをやめよう」と言って、事情を知らない上田さん、山崎さん、細谷が、納得するのか?
なによりもくるみの居場所につながるヒントがあるかもしれないというのに、突然俺が意見を百八十度変えたら、不審に思われるのではないか?
――言っていられない!
でも……しかし……。
頭の中でうだうだ考えているうちにも、上田さんが快活にも口を開く。