第123話 一筋の光
「遅いぞ。一体なにをしていたのだ」
リビングに戻ると早々に、パソコンの前に座っていた上田さんが俺たちに言った。
「ごめん。ちょっとおしゃべりを。ところで、ツイッターの方はなにか変化はあった?」
「ああ。こっちにきてみろ」
上田さんの発言に、もしやと思った俺は、上田さんの隣に腰を下ろすと、パソコンの画面をのぞき込む。
変化は、すぐに分かった。
――そう、プロフィール写真の横にあるボタンの文字が、『フォロー許可待ち』から、『フォロー中』に変わっていたのだ。
「つまりこれって、なつみかんが……ようはくるみが、申請を承認したってことだよな」
「つまりそういうことだ」
「それで、内容は? なにか呟いている?」
「そう焦るな。我々も今しがた気がついたところで、まだ内容に目を通しておらんのだ」
錠の外されたウルヴェルのアカウントからしかなつみかんのツイートの内容を見ることができないので、俺たち七人はぎゅーっと身を寄せて、一つの画面をのぞき込む。
というか超いい匂いがするんですけど。
色んなところが触れているし、体温が伝わってくるしで、まるで天国みたいだ。
「あ、見て」
トップ画面が表示されると、いの一番に一ノ瀬さんが口を開く。
「一番上のツイート。投稿日時が三十分前になっているわ」
「うむ。これで夏木くるみが、現在も裏垢の方は使っているとはっきりしたな」
ページダウンのボタンを長押しして、上田さんがタイムラインを遡る。
そして本垢のツイートが途絶えた、七月の二十六日と二十七日の境目までいくと、そこでスクロールを止める。
「大体一日十から二十ツイートといったところか。一枚ではあるが、風景の画像もあったし、これはいけるやもしれぬな」
「風景画像のツイートに戻ってもらってもいい?」
ソファのうしろに立っていた細谷が、ソファの背もたれに手をついて、ぐっと身を乗り出す。
「多分二十九日、昨日のツイート」
「うむ。承知だ」
頷きつつも手早く操作をすると、上田さんは画像をクリックして、拡大表示に切り替える。
画像は、高台から、空にかかる虹を撮影したものだった。
虹の背後に、濃くて重々しい灰色の雲が垂れ込めていることからも、おそらくは雨間に撮影したものなのだろう。
眼下に広がる山々は、雲間から射し込む琥珀色の陽の光により、所々まるでスポットライトのように照らされている。
足元の地面には、大雨を物語る、大きな水たまりの様子も確認できる。
肝心の人工物だが、画像に写っているのは濡れたアスファルトが黒々しい、大きな駐車場ぐらいだろうか。
そこには数台の自家用車と、観光用と思しきマイクロバスが一台、停まっているだけだ。
画像を確認した俺は、皆にも聞こえるように、くるみのツイートを声に出して読んだ。
「『目的地到着。これからチェックイン。ずっと雨だったけど、着いた瞬間晴れてきて、虹が出た。最近サイテーなことばっかで落ち込んでたけど、ちょっと元気出たかも』だってさ。どこに着いたとか、そういう具体的なことは書いていないな」
「誰か、この画像を見て、場所が分かる人っているかしら」
誰にではなく聞いた一ノ瀬さんが、答えを求めるように、皆の顔を見回す。
しかし残念ながら、誰も分からないようで、皆は画像を見たまま押し黙ってしまう。
当然といえば当然だ。虹は珍しいが、自然現象なのでどこでも発生し得るし、山なんてどれもこれも似たような形をしているので、よっぽど有名な山でなければ判別なんかできないし、駐車場も、全国津々浦々、どこも同じだ。場所の特定の判断材料にはなり得ない。
「まあ、この画像から分かるのは、どっかの田舎の観光地ってことぐらいっしょ」
投げやりな口調で、識さんが言う。
「たったそれだけなのですか? 日和の意見は」
「は? 鈴、あんたなにが言いたいの?」
「日和は遊び人だから、休みのたびに色んな所にいっていやがりますよね」
「あーそういうこと……って、誰が遊び人だし!?」
ノリツッコミかよ……しかもウエディングドレスで。
とはいえ、せっかくたどり着いた手がかりだ。虹がきれいだねえーで、終わりにしたくない。いや、終わりにしてはいけない。
俺は背後を振り向くと、今まで冴えたアイデアを出し続けたパソコンオタク細谷へと、意見を求めるべく視線を送る。
「うん。分かってる」
頷き、俺に返事をすると、細谷は数瞬考えるように指であごをつまんでから、上田さんに指示を出す。
「……上田さん、その画像、デスクトップかどこかに保存してもらってもいい?」
「うむ。承知だ」
言われた通りに保存をすると、続きを促すように細谷を見る。
「そしたらプロパティ開いてもらって、詳細タブをクリック」
「開いたぞ。して、これが?」
「下にいくとGPSって項目がない? もしかしたら、位置情報が残っているかもしれない」
「なるほど。さすがはパソコンオタクだ」
「誰がパソコンオタクだ」
ページダウンのボタンを長押しして、上田さんが画面を下にスクロールさせる。
説明――元の場所――イメージ――カメラ――高精細――と続き、最後にファイルという項目が表示されて、スクロールが止まる。
「うむ。そもそもGPSという項目自体、ないみたいだぞ」
「じゃあきっと、位置情報の設定を切ってあるんだ。どうやら夏木の妹さんは、そういうところしっかりとしているみたいだね」
いやーそれほどでもありますよー。
なんたってうちの妹は、頭がよくて、気配りができて、かわいくて、最後までやり抜く意志力があって、あとかわいくて、超かわいい、最高の妹なんで。
「他には、なにかアイデアはないの?」
腕を組んだ一ノ瀬さんが、画像を見てから、おもむろに細谷へと視線を送る。
「うーん……とりあえずは。せめてバスが、どこかの会社の観光バスとかだったら、問い合わせることができたかもしれないけど、これどこにでもある普通のマイクロバスだから」
「そう。残念ね」
わざとらしいため息をつくと、やれやれと首を横に振る。まるで細谷を挑発するみたいに。
「細谷くんには、随分と期待したのだけれども」
「む……」
一ノ瀬さんの発言に腹が立ったのか、細谷はソファを回り込んでローテーブルの脇に座ると、ノートパソコンを自分の方に向けて、なにかの作業を始めた。
「一体なにをしているのですか?」
数分後、しびれを切らした山崎さんが、なおも作業を続ける細谷へと聞く。
「これ、見て」
手を止めた細谷が、テーブルの上を滑らせるようにして、パソコンの画面を俺たちの方に向ける。
そこには駐車場の端にあった、木の枠と思しき茶色のフレームにはめ込まれた、白地に黒い文字で書かれた看板が、切り抜かれて、拡大で表示されていた。
もちろん遠いし、そのために字が小さすぎるので、文字は潰れて、なんらかのドット絵みたいになってしまっている。
当然そこからは、本来あるだろう意味を見出すことはできない。
「看板、だよな?」
細谷のしたいことが分からなくて、俺は首を傾げる。
「でもこれじゃあ読めないし、場所の特定にはつながらないだろ?」
「確かにこのままじゃあ読めない。でも、もとはなんの文字だったのかの手がかりにはなる」
「どういうこと?」
「例えばこの『田』って文字だけど」
細谷はあらかじめデスクトップに準備してあった『田』の文字の画像データをドラッグして、画像編集のソフトにドロップする。
そして表示された『田』の画像をできる限り縮小してから上書き保存して、次にズームインのボタンをかちかちと何度もクリックしてゆく。
すると『田』の文字は、クリックするたびに大きくなり、同時に徐々にぼやけていき、最終的には『田』の文字に見えなくもない、ドット柄になった。
そう、先ほどの看板の文字のような。
「も……もしかして……」
先ほどから黙って成り行きを見守っていた一華が、どこかおずおずとした様子で、口を開く。
「一文字一文字……全部確認する……とか?」
「ずばりその通り」
「ふええ……」
一華と細谷のやり取りを、瞬時に理解することができなかったので、俺はさらなる説明を、細谷に求める。
「ええと、つまりどういうこと?」
「そこは『なるほど……分からん』か、『つまりどういうことだってばよ』だろ?」
「なるほど……分からん」
静まり返るこの場。
見事に滑ったところで、まるで細谷が空気を取り繕うように、詳しい説明を始める。
「ようは今小笠原さんが言った通りなんだけど、文字の画像データをこの看板にある文字の大きさまで縮小保存して、わざと潰す。それで今度は拡大してドットの浮いた文字……というか柄にして、看板にある文字の柄と同じものを探す。一致する柄を発見できれば、自ずと看板に書かれている文字が特定できるって寸法」
「でもそれって、うまくいくのか? ぴったり一致するか不安だし」
「ぴったり一致というのは、さすがに厳しいかもしれないけど、すごく似ているというレベルぐらいなら、全然いけると思う。すごく似ているのは全部候補として確保しておけば、そこからある程度は分析できると思うし」
「うむ。とてもいい案だ」
腕を組んだ上田さんが、鷹揚にも頷く。
「細谷翔平よ、ほめてつかわすぞ」
「おほめに預かり光栄です」