第122話 マル秘西高美少女ランキング
リビングに戻ると、俺はパソコンの前に座り、とりあえずツイッターの状況を確認した。
しかし残念ながらくるみからの返事はないようで、プロフィール写真の隣にあるボタンは、相変わらず『フォロー許可待ち』から変わっていなかった。
「だめだ。申請をしている状態から変わっていない。くるみのやつ、もしかして迷っているのか?」
「ていうか寝てるんじゃない?」
識さんが、サーバーからカップにコーヒーをついで、俺へと差し出す。
俺は礼を言って受け取ると、一口飲んでから、今一度画面に顔を戻す。
「寝てる? でももうすぐ昼だぞ」
「ほら、若い子って妙に寝るじゃん? 昼まで寝ているのが当たり前っていうか」
「まあ確かに……」
というか俺らだってまだまだ若くね?
まあ、ある種の自虐表現だとは思うけれど。
「ほら一華、あんたもコーヒー」
コーヒーをつぐと、一華にも差し出す。
「日和……あ、ありがとう」
「どういたしまして」
一華はカップを両手で包み込むように持つと、ゆっくりと口へと運び、小さくすすった。
すると苦かったのか、目をバッテンにして、舌を出した。
「それで、次はどうするん?」
スティックの砂糖とコーヒーフレッシュを一華へと差し出しながらも、識さんが聞く。
「もしかしてこのままなにもせずに、上田さんのツイッターがフォローされるのを待つつもりなん?」
「うーん……とは言っても、今他になにかできることがあるとは思えないし……」
「うむ、コーヒーのいい香りが立ち込めておるのう」
声のしたドアの方を振り向くと、そこには赤の姫カットが美しい上田さんと、抱くように漫画の資料を持つ山崎さんと、学校指定の制服に衣替えをした一ノ瀬さんが、ちょうどリビングに入ってくるところだった。
「我々も、いただいてもよいか?」
「もちろん」
一応人数分のカップを用意してあったので、俺はコーヒーを三杯つぐと、腰を下ろした各々の前へとそっと差し出す。
「ところで、もう漫画の打ち合わせは終わったの?」
「うむ。まあ、ざっと目を通しただけだがな。それよりも今は、夏木くるみの捜索であろう。できる限り協力する……そういう契約だからな」
「上田さん……ありがとう」
「いちいち礼など言わんでよい。というか、妹が見つかっても見つからなくとも、共に修羅場を乗り切ってもらうことに変わりはないのだからな!」
はっはっはと高笑いをすると、上田さんは袋の中からシナモンロールを取り出して、がつがつと食べ始める。
数あるパンの中から迷わずにシナモンロールを選び取るとは……一華、どうやらお前の勘は、正しかったようだぞ。
「ところで」
かたんと音を立ててカップを置くと、山崎さんがウエディングドレス姿の識さんを見つめながらも言う。
「識さんはどうしてそんな格好をしていやがるのですか? コスプレなのですか?」
「これは! 上田さんが!」
中腰になった識さんが、びしっと上田さんを指さす。
「着替えだって、置いていったから!」
「うむ。いかにも。我が置いていった物だ。気に入らなかったのか?」
「気に入る気に入らないの問題じゃなくって! 他にないの!? もっと普通の!」
「悪役教官とか、修道服とか、ビキニアーマーとか、そのような物ならあるが、そちらの方がよかったかな?」
「ビ、ビキニ……こ、これでいいし!」
ウエディングドレスは、どうやら上田さんが、選択肢がないなりに、気を使った結果だったようだ。
というか学校の体操服とか、最悪上田さんの制服とか、そういった選択肢もあったのだろうけれども……ウエディングドレスの識さんかわいいから言わないでおこう。
「あ、安心して」
識さんの隣に座る一ノ瀬さんが、じりじりとにじり寄りながらも言う。
「ウエディングドレス姿の識さんも、すてきよ」
「あ、ありがと」
頬をぽりぽりとかきながらも、識さんが一ノ瀬さんから気恥ずかしそうに視線をそらす。
「とてもとてもかわいいわ」
「う、うん。どうも」
「抱きしめてもいい?」
「あ、それは勘弁」
「もうっ」
頬を膨らませて顔を落とすと、袋からカスタードクリームコロネを取り出して食べ始める。「せっかくかわいいのに」とか、ぶつぶつ独り言を漏らしながらも。
慣れてきたのか、なんだか最近一ノ瀬さん、周りの女の子に対して遠慮がなくなってきていませんか?
オープンリーなにがしですか?
大丈夫ですか?
「おはよー」
ドアを開けて、隣の部屋からやってきたのは、俺以外で唯一の男子、細谷翔平だった。
細谷は眠そうな顔をしながらも、シャツの裾で眼鏡のレンズを拭っている。
「わるい、結構寝ちま……った!?」
「おう、細谷。おそようございますだな」
「ふ、増えてる」
「ん? なにが?」
「夏木、ちょっときてくれ」
「は? なんだよ?」
ソファから立ち上がり、細谷へと近寄る。
すると細谷はがしっと俺の肩に腕を回して、まるで連れションにでもいくような感じで、隣の部屋へと俺をつれてゆく。
「おい夏木。一体どういうことだよ」
部屋に入り、後ろ手にドアを閉めると、細谷が言う。
「だから、なにが?」
「どうして美少女が二人も増えてるんだ?」
「ああ、識さんと山崎さんか」
「なんでそんなに普通なんだよ。識さんだよ? あのハイカーストスーパー美少女、識日和さんだよ?」
あっ……と気づいたような声を出すと、細谷は俺の肩から腕をほどき、手を合わせる、拝むポーズをする。
「わるい。そういうことか。やっぱり夏木と識さんって、付き合ってるんだよね?」
「は? 付き合ってねーし。どうしてそうなるんだよ」
「どうしてって……そりゃーお前、あんなの見せつけられたら、なあ?」
「あんなのって、まさかあのキスのことか?」
当然といった面持ちで、細谷が頷く。
「違うし。あれはなんていうか……識さんが俺をおちょくったっていうか……。とにかく俺と識さんは付き合ってねえから」
「じゃあ」
隣の部屋を透かし見るように、細谷がドアの方へとちらりと視線を送る。
「やっぱり小笠原さんと付き合っているのか?」
「だから付き合ってねえって」
俺の返事を聞き、細谷が不思議そうに首を傾げる。
「まあ、夏木がそう言うんなら、そういうことなんだろうけど。……ていうか夏木、今ここでだから言うけど、クラスでのお前の評価、結構異常だから」
「え!? 異常?? なにそれ超怖いんだけど」
「だってそうだろ。顔がろくに見えない、通称貞子って言われてる小笠原さんにべったりかと思いきや、西高イケメンランキングナンバーワンの渡辺と普通に友達だし、しまいにはバスケ部のエース、山田先輩を差し置いて、スーパー美少女識日和と公開キッスをするし」
……なるほど。確かに。
その後に女の子が好きで有名な一ノ瀬さん率いる生徒会に入って、山崎さんと結婚したとかいう噂が流れて……そりゃー異常な評価になるわな。
というか俺でも、そんなやつがクラスにいたら、ちょっとどういう風に接していいのか分からない気がする。
「でもこうやって話してみて、俺のこと普通だって分かっただろ?」
「う、うーん……まあ?」
なんでそこで疑問形なんだよ。
「まあ、これからは教室で会っても、仲よくしようぜ」
「う……うん?」
だからなんでそこで疑問形なんだよ!?
「というかさっき、ちょっと気になるところがあったんだけれど」
ここだけの話という風に、口に手を当てると、俺は囁くように聞く。
「一華って、皆から貞子って言われてんの?」
「まあ。ていうか夏木、お前知らなかったの?」
「全然。というか、ひどくね? 軽く悪口だよなそれ」
「まあ、確かに。……でも」
例のごとく、リビングを透かし見るように、細谷がドアの方へと顔を向ける。
「でも、なんだよ?」
「夏木って、西高一年美少女ランキングって知ってる?」
「なにその最悪なランキング」
「お前、ほんと男友達少ないんだな」
ちょっとやめて!
マジで傷つくから……!
「好みによって順位は変わるけど、トップファイブを言った時、一ノ瀬さん、識さん、上田さん、は絶対に入るよ。他には伊万里さん、鬼頭さん、貴船さん……まあこの辺りは入ったり入らなかったり」
「で、なにが言いたいんだ?」
「小笠原さんの名前が挙がることは、まずないんだよ」
ふうんと言い、俺は目を細める。
正直納得できない。
だって一華かわいいだろ?
確かに性格はちょっと暗いかもしれないけれども、顔は超かわいいだろ?
本当に全く世間ってのは見る目を持たぬばかばかり。
不機嫌な俺の顔を見て察したのか、細谷が急いで言葉を継ぐ。
「だけど僕は、今後もしも美少女ランキングの話をすることがあったら、間違いなく小笠原さんを入れるよ」
「ほう。して、その理由は?」
うつったのか、なんとなく口調が上田しおん節になる。
「正直今までは、しっかりと顔を見ることもなく、貞子というイメージでしか、小笠原さんのことを見ていなかったんだ。でも昨日の夜、コスプレで色んなポーズを取っている時に初めてしっかりと小笠原さんの顔を見たんだけど……マジでやばかった。こう言っちゃーなんだけど、一ノ瀬さんが興奮するのも分かる気がする」
だろ? と言いたいけれど、なんだか複雑な気持ちだ。
多分これは独占欲みたいなのからきているんだろうな。
一華のよさは俺だけが知っている。皆に知られて、有名になってほしくない……みたいな。
「それで、もし仮に一華をランキングに入れるとしたら、細谷は一体何位に入れるんだ?」
「一位だね」
迷うことなく、即座に答える。
「一位? 随分と高く一華を買うんだな。でもそれってあくまでも細谷の主観的評価だろ?」
「もちろん主観だよ。でも多分客観的に見たとしても、小笠原さんを知った人だったなら、一位に入れる人が多いと思う」
「どうしてそう思うんだ? 俺はむしろ、客観的に見た時ほど、識さんとか一ノ瀬さんとか、あと他の数人と、混戦すると思うんだけれど」
「うーん……なんていうか……」
腕を組むと、細谷が考えるように足元に顔を落とす。
それからまるで天に言葉を求めるように天井を仰ぐと、そのままの姿勢で、心の中に浮かんだ曖昧な気持ちをそっと外に持ち出すように、細い声で言う。
「瑠璃色の風……みたいな」
「は? 瑠璃色の風?」
「なんていうか、小笠原さんからは、瑠璃色の風みたいなのを感じるんだよね。多分それって、昔は誰しもが持っていた純粋で、どこまでも透明感のある空気みたいなもんで、失ってしまったからこそ否応なしに惹かれるっていうか……そんな感じ」
――瑠璃色の風……。
分かるような……分からないような……。
いや、おそらく俺は分かっているのだろう。
理解はしていないが、心の底でその風を感じ取り、得心していたのだろう。
うん……やっぱりよく分からないかもしれない。
だってポエミーすぎなんだもん!
リビングに戻る寸前で、最後に細谷が俺に次のように言った。
それは、ある種の警告のように、俺の耳には届いた。
「夏木、お前絶対に小笠原さんのこと離すんじゃあないぞ。なにがあってもつなぎとめるんだ。じゃなきゃ、あっという間に波に呑まれて、手の届かない所に流れていってしまうから」