第117話 上書き保存3
「山崎さん! これはあれだから! 大丈夫だから!」
さすがの一華も正気に戻り、山崎さんのなぐさめにかかる…………かかる?
「……す、すず……泣かないで。わ、私と京矢は、山崎さんのぶんまで、し、幸せになるから」
違った。
とどめをさした。
「びええええええええんんん!! ボグはなづぎぐんがいないど生ぎてゆげないのでずううううう! おねがいだがらずでないでぐだざいなのでずううううううう!」
「うわーちょっと見てよ」
すぐ脇の歩道を歩く、女の人たちが言う。
「修羅場じゃない? あの子すごい泣いてる。かわいそう」
「なにあの男。女を泣かせるとかマジでサイテー。死ねよクズ。死ねよ」
「おいあれ見てみろよ」
同じく脇の歩道を歩く、男の人たちが言う。
「女の子二人が、一人の冴えない男を取り合ってるぜ」
「リア充うっざ。マジで幸せなやつ死ねよ。あとついでに金持ちも死ねよ。ていうか死ねよ」
ひっでえ言われよう!
本気じゃあないのに!
勘違いなのに!
とにかく山崎さんを泣き止ませなければ――。
俺は山崎さんの前に回ると、手で涙を拭い、肩を優しく撫でる。
「山崎さん。本当にごめん。さすがにやりすぎだった。全面的に俺がわるい。許してくれ」
「ひっぐ……ううう……」
両手で顔を覆うと、山崎さんはかがみ込むようにして上体を前に倒す。
すると重力に負けた涙が、ぼたぼたと目からこぼれ落ちて、乾いたレンガ敷きの地面に水玉模様を描いてゆく。
そ、相当に深く傷ついたんだな。
もはや虚構と現実の区別がつかないぐらいに……。
「山崎さん、どうしたら泣き止んでくれる? どうしたら許してくれる? なんでも言ってくれ。山崎さんのためならば、なんだって言うことを聞くから」
――あっ……しまっ……。
「ほ、ほんどう……なのでずが?」
「ウン。ホントウ」
さすがにこの流れで、嘘でしたなんて言えねえ!
「で、では、上書き保存をしてほしいのです」
「上書き保存……とは?」
「つまり……」
山崎さんは言葉を切ると、ちらりと一華へと視線を送る。
そしてもう一度俺へと顔を戻すと、もじもじしながらも口を開く。
「先ほど小笠原さんにやった、プロポーズを、ボクにもやってほしいのです」
マジですか……。
あの暴走してはぐまでしてしまった超恥ずかしいことを、今度は山崎さんに、一華の前でやれと言うのですか。
もういっそのこと殺してくれ!
「い、嫌なのですか? ――ぐすっ」
目に涙を浮かべて、今にも大声で泣き出しそうな顔をする。
「わ、分かった! やる! やるから! だからもう泣かないで!」
「う、嬉しいのです。では……はいっ」
ごくりと息を呑むと、俺は山崎さんの両手を取り、そのまま彼女の瞳へと視線を送る。
「山崎さん……」
「違うのです」
「は? なにが?」
「まずは、ばかにするような眼差しで、小笠原さんを見るのです」
ええええーそこから。
というかそんなところまでしっかりと見ていたのか山崎さんは……。
「はいっ」
促されたので、俺は仕方なく、ばかにするような冷笑的な笑みで、一華を見る。
「ひっ……きょ、きょうや……」
いや! なに悲しそうな声を出してんの!?
演技だからね! 演技!
一華まで泣くとか、マジで勘弁してよ!
「さあ、早く言うのです。プロポーズの……言葉を」
「ああ」
俺は口の中で咳をして、一度喉の調子を整えると、真剣な眼差しを山崎さんに向けて、言う。
「山崎さん、結婚してくれ。俺は山崎さんのことが好きだ。大好きだ」
「全然違うのです」
「え? そう?」
「まずは小笠原さんを捨てたと、小笠原さんに向かって、はっきりと明言してくださいなのです」
確かにそのようなことを言ったけれども、本人に向かって直接、「捨てた」なんて言っていないと思うんだけれど……。
「さあ早く。はいっ!」
促されたので、俺は口を開く。
ええい! もうやけくそだ!
「山崎さん。俺は一華と」
「声が小さい!」
「山崎さん! 俺は一華と破局した! あいつのことは、もう捨てた! だから俺と、結婚してくれ! 俺は山崎さんのことが大好きなんだ! 超好きなんだ! もうお前がいないと生きていけないんだ! だから! 将来俺と同じ墓に入ってくれ!!」
そしてその勢いのまま、がばっと、強く強く、山崎さんに抱きついた。
山崎さんも俺に強く抱きつくと、肩に首を預けて、「はい」と、囁くように言った。
辺りに響き渡る俺のプロポーズの声。
俺の大声に驚いた、池から飛び立つ鳥たちの影。
回りからは、ひそひそと話す通行人たちの声が聞こえてくる。
「なにあれ? 青春ー」「熱すぎるだろ幸せになれよ」「わしもあんな時代があったのう」「お母さんあの二人結婚したのー?」「う、うらやましくなんかないんだからねっ!」「あああああ! 目がー目があああー!!」
も、もういいかな?
さあ、さっさと上田さんの家に戻って、くるみの捜索を再開するかな……って、え?
「――あ、あああ、あんたら……」
山崎さんに抱きついたままの状態で顔を上げると、俺はそこに、思わぬ人物が立っているのに気づいた。
白のスポーツウェアに黒のキャップ。
そして黒のレギンスの上にピンクのショートパンツをはいた、ジョギング中と思しき同い年ぐらいの女の子――そう、識日和さんだ。
今はいつもつけているピアスを取っているのでそこまでやんちゃっぽさはないが、その茶色の髪と、服の上からでも分かる豊満なボディが、隠しきれないリア充感を周囲に振りまきまくっている。
「こんな時間から、一体なにをしてるん!?」