第11話 俺と彼女の関係は、まるで澄んだ朝に響き渡る鐘の音のように、あっという間に全校生徒に知れ渡る
あごが外れそうになる俺。
目を丸くする純。
本能で感じ取ったのか、俺の背後に隠れる一華。
二人は思っただろう。
どうして学校一の美少女が京矢に? と。
事実周囲にいた幾人かの生徒たちも奇異な視線をこちらに送っている。
俺はせいぜい二軍の極普通の生徒だ。
そんな普通の生徒が、カーストという垣根を越えて、校内トップに君臨するスーパー美少女と接点を持つというのは、本来あり得ないことなのだ。
皆の思いをよそに、識さんはこちらに歩み寄り、ずけずけと話しかけてきた。
「昨日話し忘れたんだけどさー」
おいおいまさか……。
「つかうちらって」
ちょっ、やめてくれ!
「付き合ってるわけじゃん?」
ざわざわと周囲がざわめく。
あーこれはあれだ。
午前中には学校中に広まってるっていうあれだ。
「マジか!? お前ら付き合い始めたのか?」
驚きと笑顔を混ぜたような顔で、純が聞いた。
「お、おおお、おうよ。実は俺、識さんと付き合い始めたんだ」
「日和」
識さんが俺の腕に軽くグーパンを食らわせる。
「恋人同士でさん付けはないっしょ。だからこれからは下の名前で呼び捨てで」
付き合ってねーっつの!
振りだっつーの!
なんて口が裂けても言えない。
「はい、分かりました。ひ、ひより……」
「つか何でいきなり敬語だし」
「わるい。で、話し忘れたってのは?」
「あ、うん。明日って土曜日じゃん? だから十時に駅前集合で」
「駅前? 何で?」
「何でってあんた……」
肩に手を置くと、俺の耳元にぐっと顔を近づける。
「付き合ってるのにお互いのこと全然知らないじゃおかしいっしょ。だから口裏合わせのための打ち合わせをすんの。出会いはどうだったとか、告白はどっちからどういう風にだったとか。他の人に聞かれて話が食い違ったら怪しまれるじゃん?」
なるほど、確かにそうだ。
しかもこんな話、誰が聞いているかも分からない校内では絶対にできない。
休日とかに二人だけで会って、綿密に打ち合わせをするのが一番だろう。
電話とかでもいいかもしれないが、やはり実際に会っての方が、よりお互いのことを知ることができるのは間違いないはずだ。
「分かった。じゃあ明日十時に、駅前で」
にこっと、識さんがきらきらした笑みを浮かべる。
「うちらの、恋人になってからの初めてのデートだね」
そしてそのまま昇降口へと向かい歩いていった。
彼女の背中を見送りながら俺は思う。
つかなんでそこまでするんだろうと。
別に嘘をついてまで彼氏を作らなくても、他に断る方法なんていくらでもあるはずだ。
強く拒絶すればいいじゃないか。
無視すればいいじゃないか。
それができないのは気を遣っているから? 誰に?
考えても仕方がない。
俺は思考を中断すると、一華へと顔を向け言った。
「一華、俺らも早くいこ……」
ぎょっとした。
顔面を真っ青にした一華が、気が抜けたように立ち尽くしていたからだ。
「お、おい、一華? お前大丈夫か? 顔色凄い悪いぞ」
「……きょ」
「きょ?」
「京矢に、か、かかか、彼女……」
顔を上げると、潤んだ瞳で俺を見る。
「おう。彼女ができた。一華も祝ってくれよ」
「ば……」
「え? 何? 聞こえない」
耳に手を当てぐっと顔を寄せる。
「ばかーっ! 京矢なんて知らない! 知らない知らない知らない!!」
叫ぶと同時に駆けてゆく。
俺はきーんとする耳を押さえながら思った。
何だよ……一緒に喜んでくれてもいいじゃないか。偽りとはいえ、初めてできた彼女なんだし、と。