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第102話 美少女二人の恋人つなぎ

「ポーズ? ポーズを取らないといけないの?」


「当然であろう。むしろ一番大事な部分だ」


 そういえばそうだな。

 想像だと構図がうまくないとか、さっき言っていたし。


 でも一体どんなポーズを取るのだろうか……。


 期待と一抹の不安を抱きつつも、鉛筆でスケッチブックをとんとんする上田さんへと顔を向ける。


「……そうだな。まずは小笠原一華が床にひざまずいて、会長がそれを半眼で見下げるというのはどうだろうか」


「却下よ!」

「ふええ……」


 一ノ瀬さんと一華が、同時にネガティブな言葉をはく。


「大体この私が、一華さんを見下げるなんて、できるわけがないじゃない! ま、まあ……逆なら、ありかもしれないけれども」


「ん? 今なんと言った?」


「なんでもないわよ! とにかく別ので!」


「あ、じゃあ、こんなのはどう?」


 小さく手を挙げた細谷が、スマホに目を落としながらも言う。


「前で両手を恋人つなぎにして、おでことおでこを引っつけるポーズ。今ツイッターを見てたら、そんな感じのイラストが、数万リツイートいってたから、多分人気なんだと思う」


「いいわね! それ」

「うむ、それにしよう」


 一ノ瀬さんと上田さんが、今度は同時にポジティブな言葉をはく。


 残された一華はというと、明らかに嫌そうな顔をして、首を横に振っている。


 ……当然だよな。

 この頃ちょっとだけ話せるようにはなってきたような気はするけれども、やっぱり一ノ瀬さんと一緒にそんな恥ずかしいポーズを取るのは、絶対に嫌だよな。


「上田さん、一華嫌がっているようだし、他のポーズにしてやってくれないか?」


「嫌なのだ!」


「え?」


「我はもうこの恋人つなぎをしておでこを引っつけるポーズで描くモードに入ってしまったのだ! 他のポーズで描く気などさらさらない! 他のポーズしかだめと言うのならば、我はもう描かぬ!」


 うわーなんか面倒くさいモードに入ってしまわれたぞこの先生は。


 とにかく説得しないと……一華のためにも。


「そこをなんとか。先生だけが頼りなんです。もう締め切りが迫っていますので」


「嫌だと言っておろう! 我はこのでこピタポーズでなければ絶対に描かぬ!」


 くそうこのあま。下手に出りゃあつけあがりやがって……なんだか今、編集の気持ちが分かった気がするぞ。


「きょ、京矢……」


 ぐぬぬと歯噛みをする俺へと、一華が袖をくいくいする。


「あ、ありがとう。私のために。でも……もういいから。もう、大丈夫だから」


「大丈夫って、お前……」


「私頑張る。京矢のため……だもんね」


 おお! シスター様!


 きっと修道服は、一華が着るために、この世に生まれてきた物なんだ。そうに違いない。


「うむ。ようやく心が決まったようだな」


 一華の言葉を聞くと上田さんは、満足げに口元に笑みを浮かべてから、ソファへと腰を下ろした。

 そして両脚を曲げてそこにスケッチブックを立てかけると、鉛筆を片手に持ち、射るような視線で、一華と一ノ瀬さんを凝視した。


「ではさっそく始めてくれ」


「わ、分かったわよ」


 応えると一ノ瀬さんは、恥ずかしそうにミニスカートを手で下に引いてから、一華へと視線を送った。


 見つめ合う二人――それから一度、どこか気恥ずかしそうに目を逸らしてから、もう一度、互いに視線を交わし合う。


「い、いいい、一華さん……」


 一歩二歩と、慎重な足取りで一華へと歩み寄る一ノ瀬さん。


「あ……ありさ……」


 頬を染めて、胸に当てた手へと視線を落とす一華。


 二人の距離が目と鼻の先まで迫ったところで、一ノ瀬さんがそっと、まるで触れたらすぐに壊れてしまう繊細なものを扱うみたいに、一華の肩へと手をやった。


「一華さん……」


 一華は、小さく頷いてから応える。


「う……うん……」


「まずは、手をつなぐわよ」


「……うん」


「い、いくわよ」


「……うん」


 一ノ瀬さんは、一華の両肩にのせた手を、肩から腕へ、腕から手へと、滑らせるようにして移動させる。

 きれいな一ノ瀬さんの手と、一華の着る修道服の袖がこすれる音が、この静寂に満ちたリビングに、さらさらと響き渡る。


 そしていよいよ分水嶺。


 一ノ瀬さんと一華を隔てていた布地がなくなり、直接肌と肌が触れ合う、手の部分に到達する。


 一ノ瀬さんが一華の手に触れた瞬間、一華がびくりと、身体を震わせた。


「わ、私……」


 動きを止めた一ノ瀬さんが、戸惑うようにして聞く。


「なにか間違えてしまったかしら……?」


「ううん。……く、くすぐったかった……から」


「そ、そう。じゃあ……いくわよ」


 確認してから、一ノ瀬さんが一華の両手を取る。

 そしてそのまま、下から持ち上げるようにして顔の前辺りまで上げると、一度手を開いてから、一本、また一本と、指を絡めてゆく。


「うう……」


 親指と親指が触れ合う。


「ううう……」


 人差し指と人差し指が触れ合う。


「一華さん……」


 中指と中指が触れ合う。


「ああ……一華さん」


 薬指と薬指が触れ合う。


「あ、ありさ……」


 最後に小指と小指が触れ合い、恋人つなぎが完成する。





 ――時が、止まったような気がした。





 眼前に立つ二人の姿が、時空の断裂により切り取られて、天界の宝物庫にでも眠る、絵画にでもなったような気がした。


 おおおお!

 これは思った以上にくるぞ! 超くるぞ!


 なんと名状すればいいのかよく分からんけど、こう腹の底からぐわっと、満たされるような思いが、湧き上がってくるぞ!


 俺はごくりと喉を鳴らすと、今一度、今度はじっくりと、二人の姿を見てみる。


 軍服に、ミニスカートをはいた一ノ瀬さんに、清廉潔白を示す修道服に身を包んだ一華。

 二人は顔よりも少しだけ低い位置で恋人つなぎをし合い、同時に互いの目を見つめ合っている。

 一華よりも一ノ瀬さんの方が背が高いので、一華が一ノ瀬さんを見上げて、一ノ瀬さんが一華を見下ろすという構図になっているのだが、その高低差がある種、守られる側と守る側を表しているようで、いい意味でのアンバランスさに落ち着いている。


「や、やったわよ。さあ、早く描いてちょうだい」


 一華を見つめたままの状態で、一ノ瀬さんが上田さんへと言う。


 しかし上田さんは、二人の姿を凝視したままで、一向に描き出そうとしない。


「ちょ、ちょっと。なにをしているのよ? 早く描きなさいよ」


「うむ……いい。確かにいい。美少女二人が、特別なコスチュームを身につけて、互いに恋人つなぎをし合うその構図」


 だが! と声を上げると、上田さんがばんとテーブルを叩き、先ほどの参考画像を二人に突きつける。


「まだ足りない! 見よ、このイラストの二人を!」


「な……なによ?」


「でこピタだ! イラストの二人はでこピタをしているだろ! そして背の低い方は照れたように頬を染めて、相手の気持ちを感じ取るかのように目を閉じている。この傍目からでも二人の感情が流れ込んでくるような圧倒的画が、必要なのだよ!」

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