第101話 コスチューム選び
「決まりだな!」
一華の言葉を聞くや否や、大きな声を上げた上田さんが、脇机の上に置いてあったノートパソコンを開いて、さっそくといったていで、ドラペのキャラクターを調べ始める。
「公式ホームページにキャラの一覧があるようだな。……うむ、一体どのキャラクターがいいだろうか」
「一華さんに合うキャラなら……」
一ノ瀬さんが答える。のりのりの一ノ瀬さんが。
「やっぱりターヤじゃあないかしら?」
「ターヤ……ターヤ……ああ、この修道服のおなごか」
気になったので、俺は席を立つと、女性陣の背中越しに、パソコンの画面を見てみる。
分厚い本を両手で抱えた修道服の女の子。
長い黒髪が顔にかかっているし、なによりも自信なさげな表情をその顔に浮かべているところとかが、どこまでも一華を彷彿とさせる。
「うん。いいんじゃあないか」
一華の肩に手をのせる。
一華はのせられた俺の手を見てから、上目遣いで俺を見上げる。
「おどおどしている感じとか、いじらしい雰囲気があるところとかが、一華にぴったりだ」
「そ、それって……ほめてるの?」
「大絶賛だ」
「そ……そか」
顔を戻すと、うっすらと頬を染める。
「京矢がいいって言うんなら、私……これがいい」
「よし。小笠原一華は決まりだな」
ブラウザバックをすると、次に上田さんは、一ノ瀬さんに合うキャラクターを探し始める。
「会長はスタイルがいいからな」
「だからなによ?」
「よって、スタイルのよさを前面に押し出したキャラクターがいいと、我は思う」
「はあ」
「これなんかどうだ?」
上田さんが、皆にも見えやすいように、キャラ絵をクリックして全身像を表示する。
画面には、肩と腕と脚にのみ甲冑を身に着けた、水着姿の女性が映っていた。
「なによこれ! ほぼ全裸じゃない!」
「全裸ではないぞ。ビキニアーマーだ」
「知らないわよそんなの!」
顔を赤くして、上田さんの肩を揺する。
「着ないわよ! こんなの私絶対に着ないわよ!」
「はっはっはっは。冗談だ。本気にするな」
なんだ冗談なんだ。
ビキニアーマーの一ノ瀬さん……正直ちょっと見てみたかった。
「ではこれなんかどうだ?」
上田さんがキャラ絵をクリックする。
猫耳と肉球手袋をつけた、パステルカラーのワンピースを着た幼女が表示される。
「は、ははは、犯罪よ! こんなのもはや児童ポルノじゃない!」
「そうか? かわいいと思うのだがな」
うん。かわいいと思う。
これを着た一ノ瀬さんに、「ご主人様になでなでしてほしいにゃ」とか言われてみたい。
「ふむ……ではこれでどうだ?」
ニーソをはいた、ぴっちぴちのチャイナドレスの女性。あと絶対にこれパンツはいていない。
「む、むむむ、無理よ! だってこんなの……こんなの!」
恥ずかしそうに強く目を閉じて、ぷるぷると肩を震わせる。
「はっはっは。まあ冗談はこれぐらいにして、次のが本命だ」
冗談冗談って、ただ楽しんでいるだけですよね。
一ノ瀬さんの本性に気づいて、凛としたイメージを破壊するのに、快感を覚えただけですよね……いいぞもっとやれー。
「ほ、本当に頼むわよ。次くだらない画像を出したら、もう私着ないから」
「安心しろ。我だって空気ぐらいは読めるからな」
言いながらも、画面を上から下へとスクロールしてゆく。
そしてもう一度画面を一番上まで戻して、少し下に下げたところで、ピタリと手を止める。
「やはり、これだな」
クリックすると、画面上に、警察官がかぶるような黒の帽子をかぶった、髪の長い女性が表示された。
「なるほど。軍服女子か」
細谷の言うように、女性は腰の部分にベルトを巻いた、黒の軍服を着ていた。
腕の高い位置に腕章をつけていることからも、旧ドイツ軍をイメージしているのは明らかだろう。
しかし……。
俺は目を細めると、イラストの下半身へと視線を移す。
どうしてミニスカートに黒のタイツなんだ?
普通こういう時ってブーツの中に裾を突っ込んだズボンだろ。
機能性を考えたら、絶対にそっちの方がいいと思うし。
「まあ……これなら」
「決まりだな!」
気が変わらないうちに服を着せてしまいたいのか、一ノ瀬さんの返事を聞くや否や、上田さんは一華と一ノ瀬さんの手を取り、二人を隣の部屋へといざなった。
数分後、着替え終わった一華と一ノ瀬さんの姿を見て、俺はごくりと息を呑んだ。
慎ましやかな修道服に身を包んだ一華に、規律を重んじるかのごとく、タイトに軍服を着こなした一ノ瀬さん。
二人はまだ自分たちのコスチュームに慣れないのか、そわそわと、どこか落ち着かない様子でその場に立っている。
「ど……どう?」
一華が、前で手を組んで、もじもじしながらも言う。
「お、おう。すごく似合っているぞ」
「どんな風に……似合ってる?」
「なんていうか、かわいい」
「ほ、ほんとぉ……?」
「ああ。なんかこう、ぎゅーっと抱きしめたくなるような、そんなかわいらしさ」
「だ、だだだ、だき――」
恥ずかしそうに頬を染めてから、俺から視線を逸らす。
「も、もうっ。……ばか」
「私にはなにか感想はないのかしら? 夏木くん」
手に持ったおもちゃのピストルを、もう片方の手のひらでぺちぺちしながらも、目をすがめた一ノ瀬さんが俺に聞く。
「一ノ瀬さんもすごく似合っているよ」
「ふ、ふうん。で、一体どんな風に?」
「なんていうか……」
下から上へ、上から下へと、再度全身をくまなく見てみる。
「なんかエロい」
「――なっ!?」
顔を真赤にした一ノ瀬さんが、内股で、スカートを下に引くようにして、太ももを隠す。
「変態! 変態変態変態! 夏木くんは、変態よ!」
銃口を俺に向けて、引き金をカチカチカチカチと引きまくる。
――ちょっ!
あぶないあぶない!
本物だったらどうすんの!?
一ノ瀬さんを落ち着かせるためにも、俺は改めて、感想を言い直す。
「一ノ瀬さんの雰囲気に合っているというか、長い黒髪と軍服が相乗効果になっているっていうか、そんな感じ」
「ま、まあ、それならいいわ。許してあげる」
ふ、ふう。
一ノ瀬さんは、絶対に銃とかを持たしちゃあいけない人だな。
なにはともあれ、ようやく準備が整った。
あとは上田さんが、二人をモデルにして、ドラペのイラストを描いてくれれば、目標達成だ。
まあ目標達成といっても、数ある壁のうちの一つを、なんとか越えることができた……という意味だけれども。
「ではさっそく、イラストを描き始めようではないか」
緑色のシュシュで、赤い髪をポニーテールにした上田さんが、スケッチブックを開きながらも言った。
そして当然のように、次のように言葉を付け加える。
「さて、一体どのようなポーズを取ってもらおうか」