第10話 俺の幼馴染は、相変わらず根暗で、オタクで、おまけに重度のコミュ障
西高等学校に入学してから大体二ヶ月が経過した。
入学当初はまだ風にどこか冬の余韻が残っていたが、最近はもうすっかり暖かくなった。
いつも通うこの道も、まだ新しい制服も、だいぶ身体に馴染んできた気がする。
ふと横に視線を移すと、そこには携帯ゲーム機をピコピコする一華の姿があった。
引っ込み思案でコミュ障な彼女には、男友達はもちろんのこと女友達もいない。
いつもこのように俺がそばに寄り添っている。
そんな一華の横顔を見ていると、ふと昨日の出来事が頭をよぎった。
『夏木、あんた私の彼氏になってよ』
昨日の識さんとの一件は、まだ一華には話していない。
ていうか話せない。
そういう約束だから。
でもたとえ話してよかったとしても、多分一華には話さない方がいいだろう。
うん、なんかそんな気がする。
そんな気がするぞ……。
「ねえねえ京矢、見て。これ昨日買ったゲーム。超面白いよ」
一華が俺に画面をかざしながら言った。
「へーそんなに面白いんだ。結構映像綺麗だな」
「京矢もやる? マルチプレイ」
「マルチプレイってネットにつないでやるやつだろ? 俺本体持ってないし、遠慮しとくわ」
「もー」と言い頬を膨らませる一華。
その後も彼女は、どこが面白いのか、システムの素晴らしさ、シナリオの凄さ等を滔々と語った。
この調子でクラスでも話しかければ、別に普通に友達とかできると思うんだけどなー。
学校までもうすぐといった所で、後ろからやってきたとある人物により肩を叩かれた。
「うっす、おはよ」
「あ、純、おはよう」
彼の名前は渡辺純。
俺と同じクラスの友達だ。
身長百八十センチ、爽やかな短髪、イケメン。
美男子三拍子を備えたアルティメットリア充。
それに加え性格がいいときているからこれはもう敵わない。
事実女子からもとても人気があるようで、毎日アプローチが絶えないという。
残念ながらおこぼれにあずかれたことは一度もないが……そんな純と友達関係でいられる俺は、とても運がいいのだろう。
「昨日はどうした? 風邪でも引いたか?」
「あ、いや……」
おっとあぶない。
つい否定してしまった。
俺はすぐに言い直す。
「ああ、ちょっと熱があったから」
「もう大丈夫なのか?」
「もう全然平気。心配してくれてありがとう」
「そりゃーよかった」
純はポケットに手を突っ込むと、一瞬黙った。
そして斜め上辺りに視線を漂わせてから、おもむろに言った。
俺にではなく、一華へと向けて。
「あー……小笠原さんもおはよ」
「…………」
返事はない。
一華はゲーム機を強く握り締め、足元に目を落とし続けている。
だらだらだらだらと冷や汗を流しながら。
あー出たよ、一華の悪い癖、対人過剰バリア。
「えーっと……なんのゲームやってるんだ?」
チラッチラッと純を見ると、一華はまた顔を伏せ、気まずそうに俺の袖を握った。
そろそろ助け舟を出すか。
俺はすかさず話に割り入る。
「昨日発売のゲームだってさ。タイトルは……」
「ド、ドラペⅨ……」
一華が呟く。
「そうそうドラペ。ドラペⅨだ」
「ほうそうか。……つか、もしかして俺って小笠原さんに嫌われてる? さっきから全然話してくれないし」
「いや! いや! いや!」
俺の言葉に合わせ、一華がぶんぶんと首を横に振る。
「一華は恥ずかしがり屋さんだから。ほら純ってイケメンだろ? だからよけいに」
「そっか。じゃあまあ、しょうがないよな」
ふう……なんとかフォローできた。
全く、朝からやたらに気を遣わされるぜ。
俺は手の甲で額の汗を拭うと、ようやくたどり着いた学校の校門をくぐった。
「京矢、おっはよー」
茶髪にピアス、目のやり場に困る短いスカート、誰もが振り向くに違いない可愛らしいご尊顔……識日和が、そこにいた。