第1話 幼馴染に定期考査の替え玉を頼まれた件について
「私の代わりに、女装して学校に出て!」
突然とんでもないお願いをしてきた目の前にいる女の子は、隣人であり、幼馴染であり、また遠い遠い親戚である、小笠原一華であった。
当然俺は呆然とした面持ちで聞く。
「はい? つまり一華はこう言いたいのか? 俺が女装して、明日一華に成りすまして学校に登校してほしい、と」
「そ、そう」
「訳を聞こうか。そんなとんでもないお願いをするということは、何かそれなりの理由があるんだろ?」
「うん……分かった」
頷くと、一華がぐっと身を乗り出す。妙に距離が近い。微かに甘いシャンプーの匂いがする気もする。
「実は明日、『ドラゴンエンペラーⅨ』リメイク版の発売日なの。店舗限定特典を手に入れるためには朝から店に並ぶしかないの」
「えーと、要は……」
強く目を閉じ、人差し指でこめかみ付近をぐりぐりする。
「ゲームを買いたいってこと?」
「そう。ゲーム、買いたい」
大きく二度頷くと、一華はにやりとした残念な笑みを浮かべ、さらに顔を近づける。
ち、近い……。
視線を逸らした俺は、とっさに口を開く。
「でもたかがゲームだろ? 別に俺が一華の代わりに登校しなくても、普通に仮病とかで休めばいいんじゃないか?」
「……だめ」
「だめ? 何が?」
しゅんと肩を落とすと、一華は俺から距離を取る。
「だって私、明日放課後に現文の追試があるから。追試を落とすのは、さすがにまずいから」
「ちょっと待て。現文の追試まで、俺に出ろって言うのか?」
「うん。だって京矢、現文得意でしょ?」
やれやれと首を振る。
「でも定期考査の替え玉は、さすがにまずくないか?」
「大丈夫。私たち結構似てる。ほら、中学の時も同じようなことしたけどばれなかったし」
そう、何を隠そう俺こと夏木京矢と小笠原一華は、遠い親戚ということもあるのか、顔がよくにているのだ。
もちろん高校生になった現在では、髪型、服装と、大きな違いがあるため傍目には分からないかもしれないが、もっと幼かった頃、つまりは性差があまりなかった頃は、入れ替わりごっこなるものをして親たちを大いに驚かせたものだった。
ちなみに一華の言う中学の時にしたというのは、美化委員の仕事の代行だ。
確かあの日もほしいゲームがあるからということだった気がする。
中学生だし、成長期だし、さすがにすぐにばれるだろう。ばれたらまあ、「あ、ばれた? 冗談冗談、ははは」とか言いごまかすつもりであったが、想像以上に完成度が高かったのか、結局ばれずに最後までいってしまった。
複雑な気持ちだったなー。
俺の体型は、そんなに華奢なのか!? って。
「ねえ京矢……お願い。私、どうしてもほしい。ドラペⅨ」
うつむいた一華が、膝の上で指を絡ませながら言う。
ぐぬぬ……。
「そんなにほしいのか? そのゲーム」
「うん、ほしい」
「そんなに面白いのか?」
「うん、超面白い。小学校の時にオリジナル版をやったんだけど、エンディングが感動的で、凄くなぐさめられた」
――小学校の時……。
溜息をつくと、俺は部屋へと視線を巡らせる。
積み上げられたゲームソフト、所狭しと棚差しされた漫画本、床に散乱するアニメのブルーレイディスク。
カーテンの閉められた薄暗い部屋には、年頃の女の子なら必ず持っているであろうアイテム、化粧品やおしゃれで可愛らしい装飾品の類は一切見当たらない。
顔を戻すと、俺は眼前に座るこの部屋の主、一華へと視線を送る。
この部屋にしてこの子ありとでも言えばいいのだろうか。
黒髪ロングといえば聞こえはいいが、ただただ伸ばしっぱなしにされた髪。
雪のように白い肌といえば聞こえはいいが、必要以上に外に出ないんだろうなーという不健康そうな肌。
機能性を重視しているといえば聞こえはいいが、上下ジャージのずぼらな格好。
はー……。もう一度溜息をつく。
ただ顔はいいのだ。
ぶっちゃけかなり可愛い。
おそらく磨けば、校内一位二位を争うほどの美少女になると言っても過言ではないだろう。
ではなぜそんなポテンシャルに満ちあふれた女の子が、こんなゲーム好きのオタクになってしまったのか。
コミュ症で学校に友達が一人もいない、いわゆるぼっちになってしまったのか。
――俺のせいだ。全部全部……この俺のせいだ。
俺は再度溜息をつくと、教室で一人、寂しそうに携帯ゲーム機をする一華の姿を思い出す。
――五年前、小学校五年生だった俺は、一華に対して、取り返しのつかない、とんでもないことをしてしまった。
本当に本当に、とんでもないことを……。
「ねえ京矢……だめ? 私に女装して、明日代わりに学校に出て」
小首を傾げた一華の姿が、そこにあった。
まあ、断れねーわな。
俺は頷くと、承諾の意を示した。