震える手すら
「──許すわけないだろ、そんなの」
シャツのボタンを全て留め終えた瞬間、まるで見ていたかのようなタイミングでイェナが医務室に入ってくる。
「変なこと教えないでくれる?」
アインにそう言って、私の体に問題がなかったかどうか何度も確認していた。彼女が何度も「大丈夫だってば」と雑に返せば、イェナはまたパイプ椅子に座って脚を組む。
「ナツにもしそんな力があるんなら、そんな真似できないように家に監禁するから。諦めなよ」
やはり許してはくれないか。はーいと気のない返事をすると、イェナはガタガタとパイプ椅子をベッドのすぐそばまで近付けて再び腰を下ろす。
「もういいよ、君」
さっさと出ていけとばかりにアインに向かってシッシッと手を振るイェナ。アインの額には怒りで血管が浮き出ているように見えた。
「わかったわよ!!」
「あ、あのっ」
そのまま出て行こうとするアインを引き止めて、起き上がろうとする。けれどイェナがそれを許さず、人差し指一本で私の額を押さえつけて起き上がれなくさせた。
「アインさん、私を弟子にしてください……!」
起き上がろうとジタバタしながら、イェナの指一本の力にすら勝てない自分に呆れつつ、アインに声をかけた。
「やだ、私はそんなことできないわよ……でもまあ、そうね。話を聞いてアドバイスくらいならできるから、何かあれば来なさい」
「はい!!」
口移しはできなくとも、自分の力を発揮できるやり方は知りたい。自分と同じ力の持ち主には会ったことがないため、共通の話ができる相手がいるのはとても心強かった。
にっこりと笑った私に、アインが柔らかく微笑む。
「……ほんと可愛い子だわぁ」
「うん」
それに返事をしたのはもちろん私ではない。
アインと私でその返事をした人をじっと見つめる。本人は「何か問題でも?」というように首を傾げた。
「……マジで吐き気がするほど溺愛してんのね」
「え?別に誰が見ても可愛いだろ」
「きもい」
真顔でアインが吐き捨てる。けれどそれすらイェナは無反応だった。
アインがため息をついて私に「いいことを教えたげる」と耳打ちする。
「──知ってる?あなたを運び込んできたイェナがね、そこに座って私が治癒するのを見ていたんだけど」
くすっと笑った、耳にかかるその吐息までもが麗しい。
「──ずっと、手が震えてた。ありえないでしょ?あの氷よりも冷たい男が」
ニヤリと浮かべた笑みがこちらにまで移ってしまいそうだ。
「怖がってたのよ、あなたが死んでしまうこと。人の死に微塵も興味を持たなかったこの男がね」
──ああ、なんて幸せ者だろう。
この感情のない殺し屋が、怖がる?そのほとんど初めてだろう感情を向けられて、こんなに嬉しいことはない。
そばにいるイェナにはもちろん私たちの会話も聞こえていただろうが──喜ぶ私の頭を無言で撫でていた。




