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君は世にも奇妙な婚約者  作者: 向日ぽど
オルフェンの塔<前編>
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焦りと不安


 ──それはまさに一瞬。


 突然VIPルームを飛び出したナツを追って、イェナは闘技場へ戻る。まだイウリス達は試合中だ。イェナ達にとって雑魚も同然の相手に手こずる様子に辟易していた。クロという男がサリーという少女を攻撃しようがイェナにとってどうでも良かったし、少女が死のうが関係ない。それがこの世界での日常で、この大会の常識だ。だがナツが巻き込まれるとあってはイェナも“関係ない”とはもう言えない。


 しかしイェナはこの大会の選手であり、イウリス達とは敵対するチームに所属しているため迂闊に手を出すことができなかった。入場口で腕を組み壁に背中を預けて成り行きを見守ることしかできない。


 少女の戦闘不能が審判によって宣言された直後、ナツが少女に駆け寄る。そしてその震える手を血に染めながら、治癒の力を使った。誰にでも使える能力ではないため、ナツから放たれる光に会場内は騒つく。隠してきたナツの力がバレてしまったことにイェナは舌打ちをするが、三回戦で十分すぎるほどに牽制したのだから彼女に手を出す輩はそういないだろうと推測した。


 必死な顔で少女を救おうとするナツを見てサリーに少しばかり嫉妬するが、彼女がそれで満足するのなら……と何も言わないことを決める。



「──おいナツ!!」

 ノエンの焦った声が聞こえてイェナはハッとする。ナツのことばかりに目がいってクロが彼女を狙っていることに気付くのに数秒遅れた。それが命取りだった。


 すぐに走り出すが、大きな音と爆風が辺りを包んで行く手を阻む。それでもイェナは足を進めた。

 煙が晴れてサリーに覆い被さるようにして倒れたナツを発見し、血の気が引く。イェナにとってそれは初めての体験で、困惑も大きかった。

「ナツ!!」

 喉に貼りついた声を無理やり剥がしてナツを抱き起こす。傷や血塗れになった恋人の姿に、イェナは完全に冷静さを失っていた。

 薄らとあった意識もすぐに失われており、ぐったりとしたナツ。もう目を覚さなかったら──そんな恐怖がイェナの全身を支配した。


「くそっ……!」

 悪態をつくとすぐに抱え上げて走り出す。医務室など自分たちに縁のない場所でその存在すら知らなかったが、前回のナツが誘拐された時に位置を把握しておいてよかったと思う。


 自分に出せる最大の速度で医務室へ向い、その扉を蹴破った。

「──びっくりした」

 白衣の女性がその音に驚いて椅子から転げ落ちそうになっている。怪訝そうに振り返り扉を破った主がイェナだということとその腕に抱かれた傷だらけの少女を見て、なんとなく事情を察するとすぐに立ち上がった。

「ベッドに寝かせて」

 端的にそう言うとイェナは傷にさわらないようにナツをゆっくりとベッドへ下ろす。


 女性は深緑の髪を靡かせながらナツの具合を診ると深刻な顔をした。

「これは酷いわね」

 眉間にシワを寄せ、気を失っているナツの頬を撫でる。イェナが苛立ったように女性を急かした。

「早く、手当てを」

「わかってるわよ」

 そこに座っていろと指差されたパイプ椅子に言われた通りイェナは腰を下ろす。女性はナツの顎をそっと掴むとゆっくりと口付けた。イェナが小さく舌打ちをするが、彼女はお構いなしに唇から治癒エネルギーを流し込む。


 ナツの身体にあった傷がみるみる塞がっていく。完全に綺麗な肌に元通り、とはいかないが──出血は止まり、傷の痛々しさは目立たなくなった。

「──そんなに睨まないでくれる?」

 唇を離した女性がイェナを呆れた目で見る。イェナは穏やかな顔で眠るナツに視線を移すと息を吐き出し、膝の上でキツく組んでいた手を緩めた。

「愛する恋人の唇を奪ったのは悪いけど。仕方ないでしょ、私の治癒能力が最大限に発揮されるのがこの方法なんだから」

「……わかってるよ」

 不満だと顔に書いているが、ナツを助けた恩人に文句は言えないと考えたらしい。ナツが横たわるベッドに近付くとその手を握った。


「……意識が戻るまで、ここにいるの?」

「当たり前でしょ」

 女性は大きく息を吐いて頭をかいた。

「当たり前、ねぇ……」

 眠っているナツと、その傍に寄り添うイェナを置いて、女性は白衣のポケットに手を入れたかと思うと煙草を取り出して医務室を後にした。


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