主人公パーティー
静かな選手用の廊下を早足で歩く。私のテンション高めの声が響いていた。イェナはいつも通り、静かに相槌を打つ。
すると向こうから六つの人影がやって来るのが見えて立ち止まった。
「──兄貴」
ノエンがこちらに気付いて同じように歩みを止める。両チームは睨み合い、間には火花が散るほどだ。
「……ナツ、お前大丈夫だったのか?」
「は、はい、平気です!」
突然振られた会話に言葉を詰まらせるが、なんとか違和感なく返事ができたと思う。ノエンは三回戦で私が巻き込まれたことを心配してくれていたようだ。私の様子を見て安堵したように笑う。
「お前はイウリスしか会ったことないよな」
そう言って、自分のチームメイトを紹介し始めた。毎度のことながら私は知っているので適度に相槌を打ちながら聞く。
「こいつはアプリ」
黒髪の小柄な男の子がペコリと頭を下げた。クリクリの目が可愛すぎて抱きしめたい。
「こっちがフェブル」
茶髪の前髪が長く目元まで隠れている。クールそうな男性はニコリともせず、こちらを一瞥してすぐに目を逸らした。前は見えているのだろうか?
「そんで──こいつがセリス」
そこで私は思わずごくりと喉を鳴らす。私が世界で一番大好きだった、どの漫画のキャラクターよりも愛してやまなかった推しがこちらを見ている。
私の視界に映る柔らかそうなグレーの髪。優しげな目。指先まで美しい、その人。
「せ、セリス様……」
声は確実に震えていた。彼の爪の先、髪の毛一本まで愛せると思った人。
「私のことをご存知なんですか?」
遠くから見るのとは違う。目の前に実在しているのだ。声までが尊いなんて。
「はい……っ!もう本当に大好きです!!」
「え……」
きょとん、としたセリスにもう心臓が痛い。おいしい思いをしてごめんね、セリスファンの皆。私は本気でキュン死できるかもしれない。
そんなことを真剣に考えていると、盛大な舌打ち (イェナ)と喉を鳴らす笑い声 (アロ)、そしてゲホッと咳きこむ音 (ノエン)が一気に聞こえてきてビクッと肩を揺らしてしまった。
「ずっとファンだったんです!!」
私がハッと我に返ってそう言うと、セリスも納得したように微笑んだ。
「ありがとうございます」
その美しい顔と優しい声に感激して無意識にポロポロと涙が出てくる。ギョッとしたノエンとセリス。嬉しいからだと伝えればセリスは私にそっとハンカチを差し出した。王子すぎてますます泣けてくる。
「泣かせたの?ナツを?」
イェナが怒気を含んだ声で威嚇する。慌ててそれを制した。
「……これは私のせい……なのですか」
困っているセリスに言葉を詰まらせながら首を横に振った。すると私の目の前で屈むと下から顔を覗き込まれる。
「大丈夫ですか?」
「はい……私、ずっと……応援してます……」
泣きながら精一杯、気持ちを伝えた。本当に、私が大好きだった人。
もう一度お礼を言ったセリスは、私の頭を優しく撫でてくれた。
「その腕……」
私の頭に伸ばされた腕を見れば包帯が巻かれているのに気付く。血が滲んでいるではないか。
「ああ、これは三回戦で少し──」
「ちょっと失礼します!」
苦笑したセリスのその腕を掴むと驚いた彼を他所目に治癒の力を使った。セリスが包帯を取ると、小さな傷一つ残っていない。私と傷があったはずの腕を見比べると、すぐに状況を把握して微笑んだ。
「ありがとうございます、本当に……」
私たちのやりとりを見て、ノエン以外は驚きで絶句していた。セリスの治った腕を全員で覗き込む。そんな中、私は見慣れない──もちろん原作ではお馴染みの──顔を見つけた。
「すごい……」
イウリス達の影から出てきたのは可愛らしい女の子。初めてお目にかかる──この作品のヒロインだ。
「あっ、私コロネと申します!」
礼儀正しくて優しい、癒し系ヒロイン。私では到底なれない女子中の女子だ。
私は首を傾げた。何を珍しがることがあるのだろう。だって──。
「……素敵です、こんな能力があれば……私も皆さんの役に立てるかもしれないのに」
「え……?」
──おかしい。本格的に物語に歪みが出始めている。
この少女──原作のヒロインであるコロネには治癒能力があったはずだ。元の世界でこの漫画を見ていた頃は同じ能力があるコロネの立ち位置を羨んだこともある。私がいた世界は平和で、あまりこの能力を使う機会がなかったのだが。
──コロネに治癒能力がない?
それはまさに原作の展開が崩壊し始めているということ。
動揺する私に気付いたノエンの手がそっと頬に添えられる。
「──おい、本当に大丈夫なのか?」
「はい……」
瞬間、ノエンの手首に容赦なく手刀が入る。もちろん犯人はイェナだった。
「もういいでしょ、早く試合に行きなよ。誰か一人でも殺されてくれば?」
「縁起でもないこと言うな!」
ノエンが叩き落とされた手首を摩りながら私たちの横をすり抜けて闘技場の入場口へ向かう。
「あ……頑張ってくださいね!ノエン様!」
そう叫んで手を振ると、振り返ってニヤリと笑ったノエンはとても眩しかった。




