安堵の夜
暗がりの中で目を開く。ボーっとする頭で手繰り寄せるが、医務室のベッドで目を閉じてからの記憶がない。
とりあえず認識できるのは今いるのがホテルの部屋だということだ。きっとイェナが運んでくれたのだろう。そのイェナは──ベッドで横になる私の腰にしっかりと腕を巻きつけて抱きしめたまま眠っている。
喉の渇きを感じてそっとその腕を解き、冷蔵庫に入っている水を飲んだ。
(無事に、帰ってこれた……)
ホッと息を吐くと、やっと生きた心地がした。未だ微かに震えている指先が情けない。ギュッと目を瞑って震えが収まるのを待っていると──静かに、後ろから温かい体温に包まれた。
私が驚くことはない。ふわりと香ってきた匂いがとてもよく知っているものだったから。
「──ちゃんと、いた」
イェナの掠れた声。私の存在を確かめるように込められた腕の力はいつもより弱々しい気がした。腰から回された腕にそっと手を添える。
「……もう、急にいなくならないでよ」
水を飲むためにほんの少し離れただけなのに。目が覚めて、私がいないことに気付いてわざわざ探してくれたのだろう。今回の件で相当不安にさせてしまったのかもしれない。
「……私がいなくなって、焦りました?」
私のお腹の前で組まれたイェナの手と頭の上に乗せた顎。冗談まじりの私の言葉に、イェナは小さく頷いた。
「あんなに驚いたのも、焦ったのも初めて」
素直に吐き出された本音に、嬉しさと申し訳なさが募る。イェナの腕の中でくるりと回転して向き合うと、その胸に顔を埋めた。
「……大好きです、イェナ様」
ぎゅっと抱きしめるとイェナが安心したように小さく息を吐いたのが分かった。
「だったらもう離れないようにね」
はい、としか言えないじゃないか。もちろん離れるつもりなどは毛頭ないが。
もう震えは止まっていた。イェナの抱擁は癒しの効果でも発してるのではないかと思う。
「……でもきっと、あれはオレのせいだから。ごめん」
“イェナが大事にしている女”だからこそ、今回の事件は起こった。それは私も重々承知だけれど、それを攻めようとは不思議と思わなかった。
「初めて、有名になったことを──殺し屋であることを、疎ましく思ったよ」
むしろ私なんかよりずっと忌々し気にそう言うものだから……なんだか申し訳なくなる。
だってもしもイェナが選んだ婚約者が強い人なら、あんなに簡単に誘拐されたりしなかっただろう。もっと頭の良い人ならロンと駆け引きだってできたかもしれない。逃げる策だって思いついたかもしれない。
だけどあなたが選んでくれたのは紛れもなく“私”なのだから。憎まれる職業についているイェナも、激弱なくせに彼の婚約者になった私も……お互い様だと思う。
「もうあんな目には遭わせないように対策を考えるから」
そう言って彼は私の身体をしっかりと抱きしめ直すと、本当に愛おしいものに触れるかのように髪を撫でた。
「だから二度と──急に消えたりしないでよね」
消えそうなほど小さく呟いた声はもちろん私の耳にもしっかりと届いていたよ。




