花一輪
スッとグラスが目の前に出されて顔を上げると、見知った人がこちらを覗き込んでいた。
「ナツさん、こんばんは」
「あれ、フラン様……こんばんは!」
フランもまさか出場するのか?と驚いたけれど、当の本人はクスッと笑って私の心を読んだかのように
「私は招待されただけなので応援側です。この仕事をしていると顔が広くなってしまって……」
と言った。渡されたグラスを有り難く受け取る。さすがフラン、ちゃんと中身はオレンジジュースだ。
イェナの所在を聞かれたので大まかに話すと、「なるほど」と納得して私のすぐ隣の壁に背をつける。
「イェナが帰ってくるまでのボディーガードになりますね」
爽やかスマイルに心を洗い流されたような気分になる。
他愛のない話をしていると、フランが「ああ、そうだ」と思い出したように声をあげた。
「私には親しい女性というものがいないので、これを」
胸ポケットに挿さっていた一輪の花を取り出すと、私に差し出す。なんの意味があるのだろう。首を傾げて受け取っていいものなのか考えていると、私がその意図を知らないことに気付いたジェントルマンはきちんと説明してくれた。
「この世界でのパーティーでの習わしですよ。男は一輪の花を胸に挿してるでしょう?それを素敵だと思った女性に渡すんです。名刺代わりというところでしょうか。女性はたくさんもらうほど自慢になりますからね」
「素敵です……けど」
その意味を理解したと同時に差し出された花とフランの顔を交互に見る。受け取ったら告白を受け入れることになるんじゃ……あれ?告白されたの私?
混乱する私にふふっと笑うフラン。
「大丈夫、男が花を渡すのに深い意味はありません。ただ"今日はこの会場であなたが一番素敵です"というくらいのこと。女性はこの花を受け取ったからといって何があるわけでもありませんよ。軽い気持ちで受け取ってもらって構いません」
彼には絶大な信頼を寄せることができる。適当なイェナとサイコパスアロに比べたら……この人の言うことなら間違いはないだろう。
「男である私は花を最後まで持っていると、意気地が無いと笑われてしまうので……受け取ってもらえますか?」
「受け取るだけなら……頂戴しますね」
意味を理解した私はその花を受け取った。
「フランさん、少しいいか?」
「ああ、はい……。すみません、ナツさん。少し席を外します」
「お気になさらず」
紳士そうな男性に呼ばれ、フランが心配そうに立ち去る。入れ替わるようにしてアロが戻ってきたがイェナは隣にいない。まさかミルに引き止められて……?
「あれ、なっちゃん……花なんて誰にもらったの?」
「……フラン様です」
アロが私の手の中にある花に興味を示す。私はそれどころじゃないから淡々と返した。
「ふーん、先越されちゃったか」
つまらなさそうに唇を尖らせたサイコパスを可愛いとか思わないから。
どうせまた花を使ってイェナを揶揄うことでも考えていたのだろう。
「ボクのも受け取ってもらえるよね?」
「は、はい……」
でも断ると自意識過剰だと思われそうなこともあり、素直に受け取ることにする──というのは建前で、キラキラのフィルターがかかった王子様のようなアロに見惚れて、言われるがまま受け取っただけなのだけど。
受け取った後、アロは綺麗に微笑んだままじっと私を見つめる。その視線が擽ったくて話を逸らすことにした。
「あの、イェナ様は……?」
「んー?どこだろうね?知りたい?」
首を傾げてかわい子ぶるアロにときめきもスッと冷めた。動き回るなとは言われたけれど、アロと二人でいるよりはマシなような気さえしてくる。
「はい、手」
「え?」
差し出された手は指も長く綺麗だ。この手でどれだけの人を殺してきたのだろう、と思うと怖くなる。
……でも、それはイェナも同じなのだと考えると不思議な感じがした。
「こんなに綺麗なお嬢さんをエスコートしないなんて、紳士の名折れだろう?ボクの手を取ってくれるなら案内するよ」
「……結構です」
「残念……」
二度の前科があるのにホイホイついていくほど馬鹿じゃない。イェナにもかなり念を押されているし。




