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恋人

 さっと無駄のない動きで起き上がったイェナが私も一緒に引っ張り起こす。向かい合って座った私の手を強く引いて、その腕の中に閉じ込めた。


「──ねえ、それでどうするか決めた?」

「え?」

 何の話?と聞き返す。イェナは私の乱れた髪を整えるようにゆっくりと髪を梳いていた。

「恋人になるの、ならないの」

 さっき終わったと思っていた話題は彼の中でまだ消化しきれていなかったらしい。予想もしない申し出。半強制的に婚約者にしたくせに──“恋人”になるのには、ちゃんと私の意志を尊重してくれるだなんて。この期に及んでズルい人だ。


「……なっても、いいんですか」

 ──駄目なら、きっとこんな風に聞いたりはしない人だって分かっているけれど。感情に乏しい人なのだから、言わせたくなるのは許してほしい。

「ダメなら聞いてない」

 ほらね、と自分自身に笑った。答えなんて分かっているのに。どうせ、逃す気も──さらさらないくせに。

「なり、ます」

「──そう」

 少しは、緊張していたのか。目元がふっと緩んで口角が上がる。いつか見たあの綺麗な微笑み。安堵と喜びが入り混じったような表情に目が釘付けになる。私はこの微笑みに弱い。


「オレは、まだ好きって気持ちがよく分かってない。あの漫画みたいに恋人らしいことも期待しないで」

 もうこの人の言葉が冷たいだなんて思わない。

 たとえこの人自身が否定したとしても──この顔で言われてそんなこと思えない。


「──でも、ナツ以外にはしないことも、言わないこともたくさんあるから。それは覚えておいてよね」


 今までの彼の行動すべてが、私を大切にしようとしてくれていたのを物語っているから。

 じわりと熱いものがこみ上げてきて、薄い膜が瞳を覆った。怖くて悲しくて涙した今までとは違う。


「──イェナ様、大好きですっ!」

 この感情はとても温かくて心地よくて、胸が締め付けられて死にそうなくらい──幸せなものだ。

「……!」

「ちょ──」

 いつもと同じセリフだったのに、まるで初めて言われたかのように目を見開いたイェナが後頭部に置いた手に力を込めて引き寄せた。また唇が重なって、イェナの伏せられた睫毛が視界一杯に映る。梳いていたはずの髪をかき乱されてまたぐしゃぐしゃになった。


 抗議の声をあげようとするが下唇を柔らかく挟まれて、思わず目は瞑ってしまうし言葉は飲み込んでしまうしで結局はされるがまま。



 数秒後、離れていく顔をキッと睨むが悪びれる様子もなく──。

「したいときはしてもいいって言った」

「……う“」

 無邪気な顔(無表情)でそう言われてしまえば何も言えない。

 私はこの男に一生敵わないだろう。



 私はイェナの専属メイドで、専属医で、抱き枕要員で、婚約者で。

 そして新たに、このマイペースで残酷無慈悲な暗殺者の──“恋人”という甘く響く肩書きも背負うことになった。


 “殺すよ?”というしょっぱいくせに甘く私を縛り付けて離さないセリフをあなたがくれる限り、私はあなたから離れることはない。黒い色を見るたびにあなたの艶やかな髪や底の見えない瞳を思い出してしまうほど、私はあなたに恋をしている。

 あなたが差し伸べてくれた手を何度だって掴もう。これからもずっと。


二章終了です!!

ここまで読んでくださってありがとうございます!

まだまだ続く予定ですのでこれからもよろしくお願いします。

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