キスマーク
浮かれるほどにイェナの言葉を噛み締めていると、彼が何かに気付く。そして肩をドンッと無遠慮に押され──私は背後のベッドに豪快に倒れ込んだ。そのままイェナは私の上に馬乗りになった。
「──アロの匂いがする」
「えーっと……」
突然のピンチ。あの流れでアロの話を蒸し返されるなんて誰が思うだろうか。しかも超絶いい雰囲気だったのに?
「アロの香水でしょ。こんなに匂いが移るほど近くにいたの?」
「……」
黙秘権を行使する私に再び不機嫌マックスのイェナが降臨。
でも私はそれどころではない。何よりもこの態勢が恥ずかしいのだ。床ドンならぬベッドドン。私自身の気持ちが親愛ではなく恋愛的なものだと気付かされたのだから、まともにイェナの顔を見れなくてふいっと背けてしまった。でもそれすらお気に召さなかったらしい。
「答えないなら殺すけど」
久しぶりの“殺す”攻撃に怯みつつ、反撃に出る。私だってもうイェナの扱いなど慣れたものだ。
「イェナ様こそ……嫉妬じゃないですか!それ!」
「嫉妬したのはナツの方だろ」
「そうですけど!イェナ様こそ大概ですからね!」
今思えば──ノエンにもアロにもフランにも。ロールと初めて会った時も。あの頃から彼は嫉妬してくれていたんじゃないだろうかと勝手に自惚れている。
「嫉妬っていう感情がオレにあるのかは分からないけど」
「ほら!そうやって逃げるのズルい!!」
あれだけ独占欲丸出しにしておいて“分からない”なんてもう言わせない。言わせてたまるものか。
「嫉妬……自分の気に入ったものを他人に取られたくないって思うんだろ」
ゆらりと彼の長い髪が揺れる。睫毛の影が妖艶で見惚れてしまう。
「……まあ確かに、アロには取られたくないかもね」
“好きだ”とか“嫉妬している”とか、明確に言わなくても伝わってくる。人はその思いに名前を付けたがるけれど、こうやってイェナが分からないなりに思いを伝えてくれるなら別に明確じゃなくてもいい。
「……アロ様以外ならいいんですか」
「オレ以外の男のところに行くつもりなの」
そっと垂れている髪をイェナの耳に掛ける。こんな風に大人しく触れさせてくれる。その事実だけで十分だ。
「今のところそのような予定はありませんが」
「そんな予定つくったら殺すよ」
「ふふ……はい」
クスクスと笑う私に、イェナは少しだけ頬を緩める。そして私の首元に手を掛けた。
「……とりあえずアロの匂いが鬱陶しいからこれ脱いでくれる」
「ちょ──」
私のシャツのボタンをプチプチと片手で器用に外していく。甘い時間に気を取られていたがハッと我に返り慌ててその手を制したけれど──時すでに遅し。
「……これなに?」
目ざとい婚約者は見つけてしまった。紅く生々しいその跡を。
「こ、これは……」
しどろもどろになる私に怪訝そうな顔をした後、首を捻って何かを考える素振りを見せたイェナ。几帳面に重ねて置いてある少女漫画をチラッと見て、何かを思い出すように視線を彷徨わせた後、カッと目を見開く。
「……これ、キスマークとかいうやつ?」
──少女漫画で得た知識だ、絶対。
くらっと眩暈がした。なんと答えても、本気の“殺す”顔が浮かんでしまう。私は全くもって悪くないのだけれど。
「……原理は同じです……」
今までにないくらい小さな声でそう言えば、イェナの顔がどんどん険しくなっていく。真上から見下ろされ組敷かれている分、逃げ場がなくてどうしようもない。
「触れたの?アロが?ここに?」
「……簡単に言えば、まあ……」
いつもどんな漫画を読んでいるのかは知らないが、きっと彼の頭の中ではキスマークに関するシーンが駆け巡っているのだろう。
「あいつ……!」
今にもアロを殺しに行きそうな形相で起き上がりかけたイェナの首に腕を回して必死で食い止める。
「もう私はいいですから!ここにいてください!」
どうして私はトラブルしか巻き起こさないサイコパスのためにこんなに頑張っているのだろう……。




