君が大好きだ
「……でも私はイェナ様の婚約者ではありますが、恋人ではありません」
「恋人になりたいの?」
「う……」
そこは“じゃあ、恋人になる?”じゃないのか──とは、とてもじゃないけど言えない。
まるで私が期待しているみたいになってしまう。
「婚約者と恋人は違うの?」
「うーん、本来であれば恋人が先なんですけどね……多分」
イェナの疑問には一緒になって首を捻った。恋人ができるのは初めてではないけれど、婚約者なんて18年生きてきて一度もいたことはない。その境界線がどこにあるのかは私には分からないけれど。
「でも私たちは仮初と言いますか……政略結婚?うーん、とにかく特殊な形で婚約者になったわけですよ。本当なら好き同士が恋人になって、人生を共にしたいと思った時に婚約者になるわけで。難しいですが、私たちの関係は間違いなく恋人ではないです」
自分で言っておいて、少しだけ切なくなるのはどうしてだろう。
“好き”が分からないイェナと自らの命を守るために婚約者になった私。気持ちなんて、どこにあったのか。最初から、そんなもの欠片もなかったはずだ。
──だけど、私は。
「……でもオレはナツに思ったように、ミルに“死んで欲しくない”とは思わない。“触ったら落ち着く”って思ったこともない。ナツみたいに──“嫌われると困る”って思ったことも、ないんだけど」
自惚れても、もう“殺すよ?”とは言われないだろうか。
この胸の中に顔を埋めてピッタリと寄り添っても文句は言われないだろうか。
「オレにはそれ以上自分の気持ちなんて分からないし、うまく言えないけど──他の女が相手なら、婚約者も専用メイドもいらないよ。ナツじゃないなら、いらない」
──そうか、そうだ。
いつも冷めていて感情のない暗殺者。何に対しても興味を持たない。自分に必要のないものはどれだけ気に入っていたものでも容赦なく切り捨てる。それがイェナ。私の形だけの婚約者。
でも、私は
私が泣けばほんの少し焦る。
転んだら抱きとめてくれる。
抱きしめた温もりで安心させてくれる。
助けてほしいときには必ず来てくれる。
「大好きです」と言えば誰も気が付かないくらい僅かに口元を緩める。
そんな自分勝手でマイペースで”普通“じゃないくせに、こんな風に不器用でも不格好でも、思いを伝えようとしてくれるイェナが
──もうずっと、大好きだった。
「それはもう、私の世界では……“好き”って言ってるようなものなんですからね」
「そうなの?」
不思議そうな顔をしたイェナが、うーんと小さく唸った。否定されて、身体を引っ剥がされるかと身構えたけれど
「──なら、そうなんじゃない」
怖いくらい素直に受け入れるから目が飛び出そうだった。
適当な返事だって言う人もいるかもしれない。そんなわけないでしょ。イェナの口からそんな言葉が出ること自体が奇跡なのだから。
それは私には満足すぎるほど、甘いセリフに聞こえた。
「……ナツは帰りたいの?元の世界に」
イェナの胸に頬を擦りつけていると、彼が唐突にそう言った。フランにした依頼のことを気にしているのだろう。“帰る方法を見つけてほしい”と言ったわけではないけれど、フランが言った通り──不安がってくれているのだろうか。
「……帰りたい、と言ったらどうしますか」
「……殺すよ」
「ふふ、それでは帰るわけにはいかないですね」
今までで一番弱々しい“殺すよ”に思わず笑ってしまう。
「今はまだ──イェナ様のおそばにいたいと思います」
「……そう」
“今はまだ”この生活が楽しくて抜け出したくはない。だけどいつか──元の世界が恋しくなる日が来るのだろうか。そんな日が来たら、イェナはなんて言うだろう。
「フラン様に異世界転移についてお聞きしたのは、帰りたいからではなく──帰らなけらばならなくなった時に、イェナ様にお別れもできずに帰ってしまうことが怖かったからです。その前触れが分かっていたら、何も言わずにあなたの前から消えずにすみます。私自身が望んで帰ることは、今のところありませんよ」
いつだったか、イェナが言った。
『──君を探して世界中駆けまわるかもしれない』
この人なら本当にやりかねない。何も言わずに消えたとしたらこの不器用な婚約者はいつもの無表情で、だけど内心慌てて、きっと必死に探してくれるんだろう。そんな気がするから。
「いつかは帰る日が来るとしても──私は仮にもあなたの専属医で、メイドで、抱き枕要員で……あなたの、たった一人の婚約者ですから」
「……そうだね。肝に銘じておきなよ、オレから逃げるなんて許さないから」




