異世界転移について
今日はフランのもとへ訪れていた。──もちろん、イェナも一緒だ。
“フランのことが好きなのか?”と聞かれるほどイェナが不安がっていたのだとしたら、またいらぬ誤解を与えるわけにはいかない。
『──イェナ様、明日フラン様の事務所へ行こうと思うのですが』
『……』
ベッドの上で寝転がって少女漫画を読むイェナに声をかけるが、聞き流されてしまった。きっと自分も行くと言いたいのに、私との先日の口喧嘩で反省でもしているのか……何も言わない。
仕方なく、私が話を持ち掛けることにする。
『──一緒に、来ていただけませんか?』
『……!』
いつも無表情のはずの主が、目を見開いて少女漫画に向けていた視線をこちらに移した。
『あ、でもお忙しいのなら──』
『行く』
私に最後まで言わせず答えると再び漫画へと視線を戻したが──きっと彼が犬ならば尻尾を振っていただろう。そんな幻覚が見えた。
そうして同行してくれることになったイェナとフランの事務所に赴いたのだ。
「……じゃあオレはこの扉の前で待ってるから」
本当に私の護衛のためだけに来てくれたらしい。聞かれたくないであろう話を無理やり一緒に聞こうとしない辺り──思ったよりも紳士的だ。大事にされているということだろう。アンから聞く話によると、彼は私に“嫌われたくない”らしいのだから。
「あの……イェナ様も、一緒に聞いてください……。私のこと」
イェナの服の裾を引いてそう言えば、「聞いていいの」と確認を取られる。
「……イェナ様に嫌われてしまったらどうしようかと思って今まで言えませんでした。今も、怖いですけど……聞いてほしいとも思うんです」
“嫌われる”というよりは、私の正体を知ってしまえば不穏な存在として”殺される“かもしれないと思ったから。だから詳しくは話してこなかった。イェナも探るようなことはしなかった。でも──先日の熱に魘されたイェナの本音を聞いたら……”殺される“ことも”嫌われる“こともないような、そんな気がして。半ば賭けのような気持ちで彼に話すことを決めたのだ。
「──ナツはナツでしょ」
頬を撫でる指先。こうも自然に触れてくれるようになった。
「キミがどこから来ようが、どんな生い立ちだろうが、オレが気に入ってるのは“今のナツ”なんだから。関係ないんじゃない」
「……」
“嫌いになんてならない”
まるでそう言ってくれているようで、涙が滲む。そんな私の頭をポンとたたいて、イェナはフランが待つ部屋の扉を開けた。
「ようこそ」
にこやかに迎え入れてくれたフランが私たちをソファへと促してくれる。向かい合って座るとフランが早速話し出した。
「──さて、それではナツさん。あなたは“異世界への行き来”について知りたいということでしたね」
「異世界……?」
私の依頼が予想外だったようでイェナは首を傾げる。フランはそんなイェナを見てくすっと笑うとまた視線を私に戻した。
「はい。私がいた世界へ戻る方法があるのかどうか、知っておきたかったのです」
「“私のいた世界”?」
今度はフランが私の言葉を復唱して怪訝そうな顔をした。私は大きく息を吸って──。
「──私は、異世界から来ました」
はっきりと、そう告げた。少しばかり動揺が二人から感じられるが、すぐに冷静に戻っている。
「……そう言い切れる訳は?」
「この世界は──私が生きていた世界とはかけ離れた、“有り得ない”世界だからです」
「──どういうことですか」
「ここは、私がいた世界からすると──“漫画の中の世界”なんです」
ハッと息をのむ音が聞こえる。簡単に信じてもらえるとは思っていないが──二人とも私の話を真剣に聞いてくれている。嘘だとは思われていないようで一先ず安堵した。
「何が現実で何が真実なのか、私には分からないですが……私は本の外の世界から、ずっとこの世界を見てきました」
ちらりと何気なくイェナに視線を向ける。こちらを見る彼の目は疑心でも訝しむものでもなく──果てしなく“どうでもいい”といったもの。思わずぎょっとしてしまった。
「だからオレのこともよく知ってたんだ」
「はい、愛読していましたから」
「ふーん」
彼の「ふーん」には種類がある。満更でもないもの、不機嫌なもの、本当に微妙な差ではあるが、今回のは明らかに“興味がない”ものだ。




