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ストレスと発熱

 私は今、イェナの帰りを緊張で吐きそうになりながら玄関で待っている。

 気配が近づくにつれて私の緊張も増しているけれど、アンの言葉を信じて──殺されはしないから思ったことをきちんと伝えよう、と思うことにした。


「おかえりなさいませ、イェナ様」

「……ナツ」

 扉が開いた瞬間、イェナに駆け寄る。私がいたことが意外だったようで、驚いていた。


「あの、イェナ様……お話が──」

 最後まで言い終わらないうちに、主は無言で私の横をすり抜け歩いていく。

 拒絶された──そのショックで目の前がぼやけたけれど。

「……なにしてるの、ナツ。はやく来なよ」


 ──ああ、不思議だ。

 拒絶されたことが辛くて、怖くて──ピクリとも動かなかった身体が、彼の声が耳に届いたその瞬間、勝手に動き出す。首だけでこちらを振り返っていたイェナが私にしか分からないくらいに表情を緩めて、再び歩き出した。




 彼の背中を追ってイェナの自室に入る。扉が閉まると同時に勢いよく頭を下げた。

「すみませんでした。先程、出過ぎた真似を」

「……」

 主は何も言わない。ただ私のことをじっと見つめる。

「イェナ様は何か誤解されているのかもしれませんが……私にはいつだってイェナ様が一番大切で、特別なお方です」

「……それは主だから?」

「違います!いや、それも違わないですけど!」

 私の本音をうまく伝える術がない。ただひたすらに、思いの丈を伝えることしか──そうすればきっとイェナは耳を傾けてくれる。

「私が、イェナ様を大好きだからです」

 私の言葉に目を細めたイェナが私の髪を掬い上げる。


 ふう、と息をつくと、あろうことか──イェナの身体が傾いた。

「──え」

 慌てて倒れ込んできたその身体を支える。ふわりと漂ったお酒の匂いに酔っているのかと思ったが、荒い息といつもより熱い体温に、その異変を感じ取った。

「イェナ様!?大丈夫ですか!?」

「──ちょっと、身体が言うことを聞かないだけ」

 平気だという割に、私の腕の中から脱しようとはしない。否──できないのだろう。

「び、病院に……」

「医者はいらない。アンが医師の知識も持ってるから……」

 回らない頭で対処方法を考えながら、とりあえず彼をベッドまで引きずって横にさせる。額に手を当てると異常に熱い。顔も赤くて可愛い──ではなくて。

「アンさんを呼んできます!」

「……そこの内線使いなよ、ナツは──ここにいて」

 くるりと背を向けようとした私の手首を掴んで引き留める彼にキュンとしたけれど、今はそんな場合ではないと気持ちを改めた。



 焦りながらイェナの部屋の電話を使ってアンを呼ぶ。数分もしないうちに駆け付けたアンに状況を伝えると、しばらくイェナの身体を診てから、彼はにっこり笑った。

「大丈夫よ」

「ご病気でしょうか……?」

「いいえ、少し疲れが溜まっていたみたい。……そうね、ナツが一晩一緒にいてあげたらきっと治るんじゃないかしら」

 医師免許も所持しているというアンが慌てる様子もなくそう言ったのだから、そうなのだろう。薬や食べ物を持ってくると部屋を後にしたアン。

 最後に残した意味深な言葉に首を傾げながらその後姿を見送れば、エプロンをくいっと引かれた。


「大丈夫ですか?イェナ様が熱を出すなんて珍しいですね」

 ベッドに横になるイェナと同じ目線になるように床に膝をつく。大きく暗い黒目がどことなく揺れている。

「なにか欲しいものがあれば言ってくださいね」

 そう言っても黙っているばかりで、じっと私を見つめる彼に気恥ずかしさを感じていると──。

「……ねえ、ナツ」

「はい?」

 布団の中にあったイェナの手がこちらに伸びて、頬を撫でられる。普段なら冷たいはずの指先が今日は熱い。


「……フランが好き?」

「……は?」

 優しくなぞる指先に意識を向けていれば、あまりにも突拍子のない言葉が耳に届いて、私は乙女らしからぬ顔をしていただろう。

「フランは“普通”の男なんだろ」

 “尻尾を振る”とか何とか……昼間の出来事を根に持っているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。強調された“普通の”という部分が引っかかる。


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