ベタ惚れ
「確かになっちゃんは可愛いけどね。正直、唯一無二の存在じゃない。彼女より可愛い子も強い子も腐るほどいる。もともと裏の世界には縁のないコみたいじゃないか。彼女にはキミの婚約者は務まらないんじゃない?」
饒舌に語るアロを横目で見てワインを口に運ぶとカウンターで頬杖をついた。
「それならいっそ、選ぶ相手をコチラ側の人間にすればいいんだよ。女のコは他にもいるだろう?」
目を伏せ、憂いのある表情を見せたイェナが次に視線を上げた時──アロはその強い瞳にゾクゾクと興奮が湧き上がってくるのを感じた。
「──じゃあ、見つけてくれる?」
飲み干して空になったワイングラスを指でなぞる。その指先からも色気が漂っているようだ。
「一生懸命でよく笑って、オレの感情によく気が付いて、かわい子ぶらないのに何をやっても可愛い女」
今度こそ、アロはその笑みを保つことができない。あまりにも“らしくない”言葉の羅列にある疑惑が浮上した。
「オレが触れたいと思って──触れたら安心する女」
「……ねえ、キミ酔ってる?」
「……」
イェナは答えない。だが図星のようだ。
アロも初めて見る、彼の酔った姿。体調でも悪いのだろうか、などと考えを巡らせるほどに、今までならば有り得なかったイェナの姿を見ると──どうしてもあの少女が浮かんだ。
(まさかここまでとはね──。さすがに驚いたな。いったい何をしたのか気になるよ)
クスクスと笑って、表情は全く変わらないが酔っているイェナからワイングラスを取り上げた。
「まったく……ベタ惚れはキミの方かい。ボクの助言も意味がなかったみたいだね」
「うるさい。意味が分からない」
あれほどまでに独占欲を丸出しにしておいて、未だその感情を認めようとしない。認めようとはしないが──「分からない」「うるさい」「黙れ」とは言うものの、「好きじゃない」と言わなくなったのは、彼の無意識の内だろうか。
「そんなに好きなら他のコじゃあ無理か」
「……アロが何を言いたいのかは分からないけど、一つだけ訂正しておく」
ナツの写真を手に取って、じっと眺めるイェナの目は酔っていても優しい。むしろ普段より感情が顕著に表れているようだ。
「──ナツは俺にとって“唯一無二”だよ」
「……ボクもロマンチストで気障だって言われるけど……キミはボク以上だよ。しかも無意識のうちにやっちゃうんだから罪な男だね」
イェナの隣に座る男もまた、珍しく──テーブルに肘をつき、額を押さえた。これでは本当に、本気で手でも出そうものなら無事では済まないだろう。
「ていうか、なんでアロがナツの写真持ってるの?」
「それは企業秘密だよ」
婚約者である自分ですら所持していないそれを、変態じみた男が持っている。眉間に皺を寄せたイェナ。ある程度冷静に思考は働いているようだ。
「勝手に撮らないでくれる?」
「いいじゃないか。ボクはまだなっちゃんを諦めてないよ」
「殺すよ」
殺気が滲み出始めているのを見て可笑しそうに喉を鳴らしたアロはやはり命知らずか。本気で手を出す気はないものの、イェナを揶揄うことを止めることはないのだろう。
「くく……。ホントに面白いなあ」
「……帰る」
自分でも酔った自覚が出てきたのか、イェナは腰を上げる。さすがと言うべきか、足元がふらつくなんてことはない。しっかりとした足取りで出口へと向かった。
「そう、じゃあ──あの話、受けてくれるってことでいいかい?」
「うん。参加するよ。君のチームで」
「ありがとう」
アロがその去っていく背に投げた言葉。彼らは知らない。軽く引き受けたその話が、運命を変えるほどの出来事になるということを。
「──あれ」
「ちゃっかりしてるなあ……」
イェナの背中を見送って、ふと灰皿に山盛りに捨てられた写真たちに哀れみの目を向け──気付いた。
「──なっちゃんの写真、持って帰ってるじゃないか」
他の写真はなんの躊躇もなく握りつぶしたというのに──あの少女の写真は皺ひとつ許さないとばかりに丁寧に持っていた。そしてそれが今どこにもないということは。
「写真すら、ボクには渡さないってことかな?」
やはり酔っていても一流の暗殺者。
アロはグラスに残ったワインを、一気に飲み干して笑った。
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