やきもち
「──フランと、随分仲が良くなったんだね」
「え?」
私を見下ろす瞳はいつもと変わらない漆黒。だけどいつもより少し冷たい気がした。
「あいつには気を許してた。楽しそうだったし。オレといるときよりずっと」
「そんなことないです!」
私が慌てて否定しても、いつものように「それならいいけど」とは言わなかった。
視線を外し、目を伏せた主。陰のある表情は原作のイェナと同じで、私が今まで見てきた実物の彼とは全く違う雰囲気にごくりと唾を飲み込んだ。
「ナツはいつも、他の男に尻尾を振る」
「……は?」
どこか棘のある言い方にムッとすると、イェナは目を細めた。
「そんな顔、他の男にも見せたわけ?」
「そんな顔って、どんな顔ですか!人を尻軽女呼ばわりですか!?」
そう言い返すと彼も苛立ったようだ。
「じゃあなんでそんなに他の男に気に入られるわけ?今までのメイドにそんな奴はいなかった」
「知りませんよ!激弱なマヴロス家使用人が珍しいからでしょ!」
歯向かう私に舌打ちでもしそうな顔をして──背を向けた。
「そんなに男が好きなら──どこへでも行けばいいよ」
突き放す様にそんなことを言われたのは初めてだったかもしれない。なんだかんだと私を甘やかして守ってくれたイェナ。思わず言葉に詰まった。
「……こんなことなら、さっさと殺しとくんだった」
彼が溢した言葉に、目の奥が熱くなる。それは恐怖からではなく、胸が痛んだからだ。イェナの声色に含まれていたのは怒り──というよりも“悲しみ”のような気がして。いつもの冗談のような“殺す”ではなかった。それが逆に彼が苛立っていることを表しているようで──びくりと身体を震わせてしまった。
そんな私を見て、イェナは大きく息を吐く。
──それは、どんな意味が込められたため息だったのだろう。
「……アロと約束があるから出るよ」
「あ……はい」
返事だけは辛うじてできたものの、立ちすくんだままその場を動くことができなかった。
「──ちょっと、ナツ。さっきから……もう1時間も同じところを掃いてるわよ」
廊下の隅で意気消沈する私にアンが見かねたように声をかけた。
「……あ、ごめんなさい……」
慌てて箒を動かしていた手を止める。ぼんやりしすぎていたようだ。
「それはいいのだけど……。何かあったの?」
「……アンさん」
いつもと様子が違う私を心配してくれている。涙を浮かべる私を見て困ったように微笑んだ。
「イェナ様と何かあった?」
優しく問いかけられて小さく頷く。
「……イェナ様に嫌われてしまったのかもしれません」
「……どうして?」
経緯を簡単に話すとアンは大きなため息をついた。呆れていたのは私にではなく、主であるイェナに対してのようだ。
「あー……。イェナ様も重症ね」
肩を竦めながら、何か心当たりのある様子で笑った。
「大丈夫よ、ナツ。あの方があなたを嫌いになるわけがないもの」
頭の上にぽんと手が置かれる。不服そうな私が反論する前に、被せるように言葉を発した。
「だって、イェナ様を怒らせて無事なのはあなたぐらいよ?」
「え……」
この世界で彼に拾ってもらった時、イェナ本人から聞いた覚えがある。確か彼は──。
『気に入らなかったらすぐ殺しちゃうからなー、オレもオレの家族も』
そう、言った。
今回の私の言動は絶対に彼にとって“気に入らないこと”だっただろう。それなのに、殺さなかった。それは私が婚約者だから?治癒能力を持っているから?
「イェナ様に向かって反抗したんでしょ?殺されて当たり前なのに、そうはしなかった。 “殺しとくんだった”ってことは今はもう“殺せない”。それはイェナ様にとってナツは特別な存在──“殺したくない”存在なの」
よっぽどの利用価値がない限り、あの人は自分に逆らったものは切り捨てるはずだ。
名前だけの婚約者で少しばかり治癒能力があるだけの激弱な私を殺さずに置いておくほど気の長い人でもない。イェナの性格を原作でよく分かっている私は、これ以上反論することも無く素直に頷いた。
「だから大丈夫。私を信じなさい」
「……ありがとうございます」
帰ったら、謝ろう。そして私も──あなたが“特別”だと伝えよう。




