普通の男
「……それにノエンを殺したら、多分ナツはすごく怒るし泣くと思う」
「……はぁ?」
「だから今は殺さない。もしもお前がオレの敵として認めた場合は別だけど」
「……兄貴」
呆気にとられるノエン。口が大きく開いてしまっている。自己中心的だったこの男が、家族でもない赤の他人を気に掛ける。それも、彼が持ち得なかったはずの──ナツの“気持ち”を優先する。それが今までの彼からは想像もできなくて、ノエンは真剣に誰かがイェナを偽っているのではないかと疑うほどだった。
「ナツが他の男のことばかり考えてそいつのために泣くのは許せないからね。だからノエンを殺す時はコッソリ殺らないと」
「いろんな意味で怖いわ!」
──前言撤回だ、とノエンは顔を引き攣らせた。結局のところ、最後には自分のためなのだ。
「ナツもなんでこんな奴がいいんだろ……。もっと普通の男にすりゃあいいのに」
「……普通の男?」
こてん、と首を傾げたイェナに大きくため息をつく。もう禍々しいオーラも、険悪な雰囲気もここにはない。この場にいなくても、イェナの気を変えてしまえるほど──少女の存在が彼にとって大きいものであった。
「そりゃあそうだろ、誰が好き好んでこんな変な奴」
「オレって変なの?」
「とんでもなくな!!」
“変”であることを指摘されて怒る様子もなく気分を害したわけでもなさそうだが、顎に手を当てて考え込んだイェナ。
「普通……ナツは“普通の男”が好きなの」
ぱっとノエンを見て疑問を投げかけた。
「いや、知らんけど。一般的には兄貴みたいな男は選ばねーと思うけどな」
「……」
ノエンの言葉を頭の中でゆっくり咀嚼する。ナツが自分ではない“普通の男”を好きかもしれない。その事実がイェナの眉間の皺を寄せた。
「ナツに愛想尽かされる前に、少しは一般的な常識っていうもんを持った方がいいと思うぜ?じゃないとそのうち逃げられるね、ぜってー」
調子づいたノエンはイェナが考え込むのを見て笑う。そんな彼をジロリと横目で睨むイェナは再び踵を返すがまだ何か思案している様子だった。
「……うるさいな、じゃあくれぐれもオレの前で変な真似はするなよ。オレが殺しちゃわないようにね」
去り際の言葉を残して──イェナは地面を蹴り上げ、颯爽と駆けて行った。
「──超悩んでたよな、お前の兄貴」
「ああ……俺目ん玉飛び出そうだったわ」
数時間前の兄を思い出してまた二人で笑いを堪えるように肩を震わせた。
「あんな素直に人の意見聞くような奴じゃないんだけど」
「相当あの婚約者に嫌われたくないんだろうな……」
“変な女”とは称したものの──何の変哲もない、ごくごく平凡な少女を二人は思い返す。この物騒な世の中には似つかわしくない純粋な瞳が新鮮なのだろうか。戦闘能力も低い。血すらまともに見られないとも言っていた。
だがやはり──“変な男”が気に掛けるのだから、やはり彼女もどこかしらは“変な女”であるのだろう、と二人は肩を竦めたのだった。




