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暗殺者のテリトリー

 同時刻、手間取ることもなくあっさりと暗殺を終えたイェナは主の消えた屋敷内の静まり返った廊下を進む。後ろからコツコツと足音が聞こえ、イェナの腕に白く細い別の腕が絡みついた。


「イェナ、無事に終わったみたいね。どう?今夜一杯……」

「──触らないでくれる?」

 女が言い終わらないうちにその腕を振り払う。冷え切った表情はいつもと変わらない。ミルは肩を竦めた。


「オレに触るなって何度言ったらわかる?次は殺す」

 潔癖症であるのか、他人に触れられることを嫌うイェナ。漏れ出す殺気が「殺す」という言葉の本気度を表しているようだ。


 今まで何度も彼の心を開こうと試みたが、仕事以外で彼は会ってはくれない上に少しでも触れようものならあの態度だ。付き合いは短くないはずであるが、出会った時から一ミリも前に進めない関係性にミルはどうしたものかと考えあぐねていた。


 すると前から足音も立てずまるで影の中から出てきたように静かに現れたのは小柄な少女を抱えたアロだった。イェナが足を止め、眉を顰める。


「……ナツ、どうしたの。なんかした?」

 第一声が少女を心配する言葉だったことにミルは不審がる。アロは横抱きにしたナツを見下ろしてから苦笑した。

「怖いなあ、ボクは何もしてないよ。急に倒れちゃって驚いたくらいだ」

 彼女が倒れた経緯を説明し、イェナの機嫌の降下はひとまず留めることができた。


「血や死体が苦手なの?」

「見たことないって言ってた」


 本来であればナツの感覚が一般的ではあるが──二人は珍しいものでも見るように不思議がる。

「そう、なら刺激が強かったかもね」

 魘されているのか、ナツは眉間に皺を寄せている。アロが少女の汗で張り付いた前髪を払いのけようとしたが、イェナがそれを阻止した。


「はやく降ろしなよ、いつまで抱いてるの」

 痺れを切らしたようにイェナがアロを睨む。ミルはこの状況をうまく呑み込めずに呆然としていた。

「まだ目覚めてないから――あ」

 アロがナツを手放すことを渋っているかのような反応を見せたが、その瞬間腕の中の少女が身じろぎする。


「んん……」

 ふるふるとナツの睫毛が揺れる。

「ナツ、起きて」

 どこか優しい声でイェナが声をかけると、それに反応するかのようにゆっくりと目を開けた。


「ぁ――イェナ様!」

 アロの腕の中でガバッと起き上がる。キョロキョロと辺りを見渡して、自分がアロに抱かれていることを確認すると顔を赤らめた。

「うん、ここにいるけど」

 イェナが早くアロから離れるようにと促せば、そっと地面に降り立った。その脚はまだ震えているようだ。


「こ、こわかっ……!」

「……うん」

 先ほどの惨劇を思い出したのか、みるみるうちにその大きな瞳に涙が溜まっていく。

「血がブワッて……!く、首が転がってるんですぅ……」

「……おいで」

 一息吐くと両手を広げたイェナ。ナツはなんの躊躇いもなくその腕の中へ身を寄せる。そして彼は、少女の頭を手のひらで優しく撫でたのだった。


「おやおや」

「……え?」

 ミルは驚きのあまり身を固くする。老若男女問わず自分のテリトリーに無断で侵入する者を嫌う男が、先ほど体に触れるなと嫌悪感溢れる目で見てきた男が──纏うオーラも薄く特別美人でもスタイルがいいというわけでもない、ただの少女を自らの領域に招き入れた。先ほど圧倒されるほどの殺気で拒否されたのにもかかわらず、あの女には自ら触れるのか。ミルが次に感じたのは嫉妬心から芽生える憎悪だった。


「……だから連れてきたくなかったんだよ、こんなとこ」

 頭を撫でるイェナはいつもと変わらない無表情であるはずなのに、ミルが見てきたどの表情とも違っていた。そこには少なからず愛情が含まれているような気がして、ミルはギリギリと歯を軋ませた。



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