電話の主
アロの訪問から数日後、イェナは例のアロとの仕事のために昼過ぎには出て行った。二人の仕事をしている姿は原作ファンとしてはぜひ見てみたいものだが、死んだら元も子もないので大人しく彼の帰りを待つ。
数日に一回行われるアンとのお茶会を楽しんでいると、マヴロス家の電話が鳴る。そしてジャムが電話を取って応対している姿をアンと二人で眺めていると、ジャムが怪訝そうにこちらを見て私を手招きした。
「……どうされましたか?」
「ナツ、あなたに代わってほしいとのことです」
アンティーク調の受話器を渡されるが、電話をかけてくる知り合いなどこの世界にはいない。ジャムの表情からするとイェナからではないだろう。
「……はい、ナツです」
恐る恐る声をかけると、受話器から聞こえてきた声は実に愉快そうだった。
『ああ、なっちゃん』
「……はい?」
今度はきっと、私が怪訝そうな顔をしていたことだろう。この世界へ来てそんな風に呼ばれたのは初めてだ。
『ボクだよ、アロ』
「ああ、アロ様……どうなさいました?」
名乗ってもらってやっと理解する。あのサイコパスだ。彼がわざわざ私を指名して連絡してくるとは予想外だったが、この男に“予想外”はない。むしろ“予想内”で行動してくることの方が少ないのだ。
『キミにお願いがあるんだけど』
きっとこの電話の向こうでも胡散臭い笑みを浮かべているのだろう。
『ボクの仕事、手伝ってくれないかな』
「私が……ですか?」
告げられたのは何とも奇妙な依頼だった。きっとそれは数時間前に出て行った主と共に遂行しなければならない仕事だろう。イェナとアロが協力して達成しなければならない暗殺の依頼など──危険以外の何物でもないだろう。
「激弱なので足手纏いにしかならないと思いますが」
『戦わなくていいよ、パーティー会場に入るためにパートナーが必要だから、キミにお願いしたいんだ』
説明を受けて妙に納得してしまう自分を殴りたくなったが、パートナーとは当日に決めるものだろうか?ああ、そうだ。この男に“常識”も通じないのだった。
「……なぜ私なのか、お聞かせ願えますか」
『面白そうだからに決まってるじゃないか』
受話器の向こうから聞こえる無邪気な声に眩暈がする。きっぱりと断りを入れようと息を吸ったところで「あ、そうだ」とアロが思い出したように言った。
『イェナの正装姿もなかなか様になってるよ』
「行きます」
数分後、受話器を置いた私はハッと我に帰ると膝から崩れ落ちたのだった。




