お怒りモード
ソファに座り直して弁解する。どうしてこんな浮気現場が見つかったみたいな──ああ、そうか。私は仮にも婚約者なんだった。
「何もなかったですから!」
「いやだ」
私の必死な言い訳に一言だけ告げたイェナは拗ねた子どものようだった。「いやだ」って……可愛すぎませんかね。
「え、なにそれ無理好きです」
「……」
私の漏らした本音にピクリと反応するイェナ。そうだ、イェナは私の「好きです」に機嫌を良くしたことを思い出す。
「私にはイェナ様だけです」
イェナの目を見てしっかりと告白すれば、とりあえず武器は出さず、殺気も薄くなっていく。
「あぁ……イェナと本気で戦えるかと思ったのに」
このド修羅場を楽しそうに見ていたアロが、イェナの殺気が収まったことに残念そうな声を出した。キッと睨むように元凶である男へ目を向ける。するとその頬が切れ血が滲んでいるのが見て取れた。
「頬が……っ」
「ああ、殺気は鋭すぎると凶器にもなるからね」
平気だ、とアロは言う。確かに自業自得ではあるが──治さないわけにもいかないだろう。
「ちょっと動かないでください」
彼の頬に手を当てると力を込める。軽く触れただけだが、イェナの顔が一瞬引きつっていたのは見逃さなかった。私が治療するつもりだということを理解して何も言わないでくれたのだろう。大きな傷ではなかったため、ものの数十秒で治癒は完了した。
「……へぇ。ヒーリングかい?ますます興味出ちゃうなあ……」
自らの頬を摩って傷の有無を確認したアロが感心したように言った。そして頬に触れていた私の手を掴むと手のひらに、ちゅっと音を立てて口付けたのだ。
「うひゃー!?」
唇が触れたところからどんどん熱くなっていく。イェナがアロの手首を掴むとギリギリと骨が軋む音がした。
「アロ、いい加減にしなよ。ナツも、そんなやつ治すことない」
「……ひどいなあ」
強引にアロは私から引き離される。
「イェナの殺気が効かないってことは、やっぱりキミ、強いんじゃないか」
「え?」
アロほどの実力者でも肌に傷がつくほどの殺気を浴びても無傷である私を見て唇を尖らせた。
「馬鹿言わないでよ。ナツは殺気すら知らないんだよ。激弱すぎて感じてないだけ」
「……ふぅん」
イェナの説明にあまり納得はしていなかったようだが、私たちを交互に見て「お似合いだね」と笑う。チラッと見えたイェナの横顔は満更でもなさそうだった。
「……とにかく、もう大体の打ち合わせは終わったよね?資料はこれ。もういらないからあげる。さっさと出て行って」
机の上にバサッと資料を置くと、私の手を取って応接室から出て行く。客人であるアロを放っていいのかと思うが、主には逆らえないしあの男にもあまり関わりたくないため私も放置を決め込んだ。




